20XX年

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20XX年

 遥か昔。私たちが生まれる何千年、もしかすると何万年前かもしれない。  この世界には私たち人類や哺乳類や魚、虫などの様々な生物の他に、もう一つの種族が存在していた。  彼らの名は“魔族”。  悪魔を中心に魔法使いや人魚、妖精やゴブリン、はたまたユニコーンやゾンビまで。 今では空想上の生物と言われているもののほとんどが魔族として生きていたのだ。  彼らは長い間人間たちと共存し、各々の能力を活かし、歴史や文明を築き上げていた。  草木に風を吹き起こし、広大な大地を耕し、炎で世界を照らし、沢山の水を蓄え、激しい雷から身を守り…。 豊かな世界を創り上げ、誰もが光ある未来を想像していたのだ。  しかし幸せは長くは続かなかった。  魔族たちは次第に発展してゆく人間たちの技術を恐れ始めた。 いつか魔法にも打ち勝つ強力な力が生まれ、魔族を滅ぼしてしまうのではないかと…。 そうなる前に人間たちを滅ぼすべきだと、彼らの長はそう決めた。  そして長い戦争が始まった。  魔族たちは悪魔を筆頭に、人間たちを虐殺していった。 村や森を焼き尽くし、街を制圧し、老若男女問わず多くの命を奪っていった。 人間たちは日々魔族の侵略を恐れ、その圧倒的な魔法の力にただ祈ることしかできなかった。  このまま魔族たちに全てを奪われてしまうと、誰もが絶望していた。人間たちの未来は深淵のように黒い闇の中へと沈んでいった。  しかしそんな時だった、彼らに眩い光が差し込んだのは…。  彼らの中に立ち上がる者が現れ始めたのだ。 彼らは聖なる十字架を掲げ、恐ることなく魔族に立ち向かった。 誰もがすぐに殺されるだろうと見て見ぬふりをした。 しかし彼らは魔族たちを次々と倒し、多くの人間たちを死の恐怖から救い出したのだ。 彼らは“救世主”として人間たちから崇められた。 やがて彼らの姿に感銘を受けた人間たちも次々と立ち上がり、多くの犠牲の中魔族と戦い続けた。  そんな人間たちを目の当たりにした魔族は次第に勢力を失っていき、やがて人間に勝利の兆しが見え始めた。  何年もの長い戦争の末、人間の力に圧倒された魔族たちは残った魔力で“別世界”を創り上げた。 そして一匹残らずその世界へ逃げ込み、人間たちの反撃から逃れようとしたのだ。  救世主はもう二度と魔族がこちらの世界に来られないように、別世界の入り口に強力な結界を張った。  こうして逆転勝利を収めた人間たちは、現代まで魔族に脅かされることなく生き続けている。  後世の人間たちは、魔族から人間たちを救い出した救世主(かれら)をこう呼んだ、悪魔祓い(エクソシスト)と…。 「これが魔族戦争の大まかな流れだ、理解できたかね?」  黒板に書かれた文字の羅列を指差しながら、教授はクラス全体を大きく見渡した。 ノートにペンを走らせる者、ペンを回す者、頬杖をつく者、生徒たちは皆自由気ままだった。 「細かな内容は明日からの長期休暇後だが、もちろん休暇中もそれなりの課題はあるぞ。」  教授のその言葉にクラス中から野次が飛ぶ。 彼らの声に、窓際の席に突っ伏していた生徒はムクリと頭を上げ大きな欠伸をした。 スマルトの髪を手櫛で整え、大きな黒猫のヘアピンを付け直す。そして目を擦りながら周りから飛び交う野次に困惑していた。 「入学してまだ二ヶ月だが、今回の課題は二人一組のペアで行ってもらおう。 テーマは魔族だ。彼らについてならどんなことだって構わんぞ。」 「先生!どんなことって言われても…例えば何ですか?」 「魔族の種類は星の数くらいある。だから例だって星の数くらいあるんだ。 そうだな…例えば悪魔の外見についてだったり、狼男に遭遇した時の対処法なんてのも良いな…。 ゾンビの有効活用法も良ければ、ゴブリンの悪戯について調べるのだってアリだ。」  教授は得意げにそう言いながらネクタイを締め直していた。 「しかし先生、このクラスは奇数です。一人余ります!」 「課題は一年生共通、他のクラスの奴と組んでも構わん。とにかく今回の課題は互いのチームワークが大切だ。元から仲良しだった二人も、赤の他人同士組んだ二人も、この課題で仲を深められることを祈ってるぞ。では今日の授業はここまで!」  チャイムが鳴り教授が教室を出ると同時に、生徒たちは我先にと二人ペアを組み始めた。 固い握手を交わす者もいれば、既に教科書を読み合っている者たちもいる。  先程まで熟睡していた窓際の生徒、アミスはそんなクラスの光景にただ困惑し続けていた。 何が起きているのかわからず、ノートと教科書をリュックに仕舞いながら隣の席のケイトに話しかける。 「あー…ねぇケイト…これ一体どういう状況…?」 「あらやだアミスったら聞いてなかったの?休暇中の歴史の課題、ペアで魔族について調べるんですって。」  ペアというたった二文字の言葉に、アミスは一気に眠気が覚め目を見開いた。 「え…ええぇぇ…!?うっそ…ペア…!?あの先生絶対生徒の気持ちわかってないじゃん…。」  入学してから二ヶ月、アミスには友達と呼べる存在がまだ一人もいなかった。 周りが友達を作り、何人かのグループが次々と出来上がってゆく中、彼女は完全に置いてけぼりになってしまったのだ。 「……え、えーと…ケイト…?も、もし良かったらその課題…い、一緒にどう……?」 「…あー…ごめんなさいアミス。実はもう先約がいるのよ。D組は3日前の歴史の授業の時に、課題を知らされてたみたいで…その時にD組の子と約束しちゃったのよね…。」  ケイトは申し訳なさそうに鞄に教材を詰め込んでいる。 アミスは自身の心臓がボロボロに砕けていくような感じがしてならなかった。 「そ、そか…そうだよね!私も他の子誘ってみようかな!あはは…」 「アミスならきっと大丈夫よ、頑張ってね!じゃあまた休み明けに…!」  ぎこちなく笑うアミスを尻目に、ケイトは鞄を肩に掛け教室を出て行ってしまった。 気づけば周りの生徒たちも次々と帰宅し始め、教室内にはほんの数人しか生徒は残っていなかった。 更に不幸なことにアミス以外の生徒は皆二人一組で机に向かい合い、課題の準備を進めていたのだ。 (…なんてこと……完全に孤立してる…)  アミスはリュックを背負うと、トボトボと教室を出た。 放課後の学校は生徒たちで溢れかえっていたが、そのほとんどはグループばかりである。 今日中にペアを組まなければ、今度こそ完全に蚊帳の外になってしまう。 「中庭だ…中庭ならきっと誰かしらいるはず…。」  直感で中庭に行こうと決めた彼女は、両肩に通したリュックを握りしめると駆け足で中庭に向かった。
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