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アミスは小箱の中から杖を取り出した。そして隅から隅までくまなくその杖を観察した。
バーントアンバーのゴツゴツとした手触りの杖だった。小箱と違い傷もない。持ち手には金の輪が嵌められている。
「…?」
しかし持ち手の底に妙な触感を覚え、アミスは杖の後端を見た。
そこには一文字だけ『M』と刻まれている。
「これは…」
「その杖はシプレーンの木から作られたものさ。しかもかなり珍しい、だってアコトゥムの花粉入りだからね。」
言っていることの意味はわからなかったが、アミスはこの杖を手に取った瞬間、妙な感覚に包まれていた。
不思議な感覚だった。しかし嫌なものではなく、逆に錘が取り払われるような開放感に近いものだった。
優しい風に吹かれているかのような程よい幸せ、心の邪気がなくなるような感覚。
彼女は無意識に、この杖が自身の杖であることを確信していた。
「とっても綺麗ね、アミスの杖。」
「そ、そう…?」
「そうよ、シプレーンの木は滅多に折れないって評判が良いのよ。私のはローヴルの木だから素早く振ることができるの。ちょっとその杖振ってみて…!」
アミスは自身の杖を軽く振ってみた。
すると小さな光の粒が微かに溢れ出し、彼女たちの周りを舞った。
まるで雪のように細かく綺麗な光の粒だった。
「その杖で間違いないわアミス…!あなたの杖よ!」
ヴァルプスは無邪気に笑いながら、自身の周りを舞う光の粒を手に乗せた。
粒はしばらくの間彼女の手のひらで輝き続けた後、徐々に薄くなりやがて消えていった。
「…なんだか、私にも魔法が使えそうな気がしてきた…!」
「その意気よ!私が全身全霊で教えてあげるんだから!」
盛り上がっている二人を眺めながら、ツァイトは満足げに頷いた。
「良いね2人とも!祝いにツァイトブレンドの紅茶を淹れ…」
「結構です!」
時計塔の外に出た瞬間、差し込む太陽の眩しい光にアミスは目を細めた。
真上の時計は二時の少し前を指し、昼下がりの町は相変わらず賑やかだった。
「うへぇ…やっぱ外は眩しいね。」
「ツァイトさんの部屋が暗すぎるんですよ。せめてカーテンは捲るべきです。」
後から出てきた2人は相変わらず何かを言い争っていた。
アミスはそんな2人を眺めながらクスクスと笑う。それに気づいたヴァルプスは再び赤面すると、ツァイトから距離を取った。
「とにかく…!次は箒よアミス!さぁ行きましょ!」
ヴァルプスはアミスが応える前にスタスタと歩き始めた。
残ったアミスとツァイトはどうしたことかと互いに顔を見合わせる。
「…ヴァルプスっていつもはあんな感じなんですか?」
「え?あぁ…あはは、まぁあんな感じかなぁ…。彼女は良い子だよ、しっかり者さ。」
ツァイトは朗らかに笑いながらアミスを見つめた。そして彼女の背丈に合わせるように屈む。
「良いかい?アミス。杖はこれから君の支えになり、同時に試練にもなる。」
そう告げるツァイトの目は真剣なものだった。気さくな彼とは思えないほどに。
アミスは彼の瞳に囚われたかのように動けなくなり、金の瞳で彼を見つめることしかできずにいた。
「君はこれからの人生、きっと色々なことがある。本当に色々なことだ。
きっと予測できないことだらけさ。世界は君が思っているよりも遥かに広く、未知で溢れているからね。
君はこれから世界を知り、同時に自分自身を知ることになるだろう。杖はそれを手助けしてくれる。」
「………。」
アミスは何も言えずに、ただ彼の言葉を聞いていた。
「…アミス。ヴァルプスのことを頼んだよ。彼女は絶対、君の良き友になる。」
ツァイトがそう言った途端、真上から轟音が鳴り響いた。
二時を伝える鐘の音だった。その音でアミスは我に返り、やっと体を動かせるようになった。
「じゃあ僕はこれで。今度はぜひ、僕の自慢の紅茶を飲みに来てくれ。」
ツァイトは時計塔の中に入ると、アミスに優しく笑いかけながら扉を閉めた。
一人残されたアミスは扉を見ながら立ち尽くしていた。彼の言葉が一語一句、頭の中に響いていた。
「…良き、友……。」
アミスはただ一言ボソリとそう呟く。
「アミスー!何してるの?早く行こ!」
後方から聞こえたヴァルプスの声に振り返る。
彼女は弾けるような笑顔でアミスに大きく手を振っていた。
太陽に照らされた魅力あふれる笑顔の彼女に、アミスは手を振り返した。
そしてそのまま駆け足で彼女の元へと向かった。
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