マギア総合魔法学園

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「箒は杖と同じ素材でできたものを選ぶのが基本なの。」  こぢんまりとした箒屋には沢山の箒が並んでいた。 持ち手のあるものや柄の入ったもの、穂の部分にレースのような飾りが付いているものまであった。 アミスは部屋中にずらずらと並ぶ箒を見回しながら、おかしくなりそうな頭を抱えた。 「なんか…箒の見過ぎで頭痛くなってきたかも。」 「人間の世界にはないの?箒の専門店。」 「あるのはせいぜい掃除道具専門店ぐらいかな。」  一本一本箒を見て回っていたヴァルプスは、ある一本の箒の前で足を止めた。 「あっ…これアミスの杖と同じ、シプレーンの箒だ。」  その箒は至ってシンプルなものだった。 杖と同じバーントアンバーの柄、バサバサとした穂。穂は頑丈な縄で柄にしっかりと括り付けられている。 アミスはその箒を柄の先から穂先までまじまじと観察した。 「へぇ…これで空を飛ぶんだ。」  アミスはそっと箒に手を伸ばし、柄に触れた。 固くツヤツヤとした質感で手触りの良いものだった。 触れた瞬間、彼女は言い表せない不思議な感覚を覚え一瞬目を見開いた。 「…これ、良いかも…!」 「じゃあこれにしよっか!店主さーんこれちょうだい!」  ヴァルプスは店の奥へ店主を呼びに行ってしまった。 一人残されたアミスは箒を手に取り持ち上げる。 ズシリと重みが腕に伝わり、彼女は思わず数歩よろけた。 「おっ…と…」  人間の世界にある箒とはなんら変わりない見た目。 本当にこの箒で空を飛ぶことができるのか、彼女は少々不安だった。 そこへ店の奥から店主を連れたヴァルプスが戻ってきた。 「お待たせアミス!パパッと買っちゃお!」 「あ…う、うん。」  ヴァルプスは手早く会計を済ませ店を出る。 アミスは箒を両手で抱えながら彼女の後に続き店を出た。 「本当に飛べるのかな…これで。」  帰り道で大きな箒を抱えながら、アミスはボソリとそう呟いた。 時刻は午後四時。空の紫は昼間見た時よりも濃くなっていた。 「安心して!私が基本から教えるから!それにまずは箒よりも魔法ね…。」  ヴァルプスは帰り道の途中で買ったパンが何個も詰め込まれた紙袋を抱え直した。 町の中心部には死神たちの役所や、大きな噴水のある広場があった。 広場に行くと賑やかな音楽が聞こえ、出店の準備をしている魔法使いもちらほら見える。 アミスは彼らを横目に大通りを歩いていた。 「賑やかだね。」 「これでも静かな方よ、前はもっと人も多かったの。」 「…何かあったの?」  アミスはヴァルプスの方へ顔を向けた。 彼女はその質問にほんの少し眉を顰めた後、ゆっくりと口を開いた。 「…変な病気がね、蔓延してるみたいで…。」 「病気?」  ヴァルプスは周りをチラチラと見回した後、アミスに耳打つように囁いた。 「これは噂なんだけどね…。この町の辺りだけで原因不明の病気が流行ってて、もう何十人もやられてるのよ…。 なんでも病気にかかると気力がなくなったり何もできなくなったりして、最終的に感情が無くなってくとか…。」 「こっわ…」  やたらと冷たい風が吹いたような気がして、アミスは背筋を震わせた。 ヴァルプスは「噂よ噂」と笑ってはいたが、どこか怯えたように引き攣っていた。 二人の影が道に伸びている。黒く長い影が…。 いつの間にか軽快な音楽は止んでいた。町ゆく人々の声だけが二人の耳に聞こえた。 「…っ、早く寮に戻ろ!」  先に早足で歩き始めたのはヴァルプスだった。 続いてアミスも自然と足が動き、その場を足早に立ち去っていた。  無事に寮に辿り着いた二人は荷物を床に置き、ベッドに全身を預けるように倒れ込んだ。 一日の疲れが一気に吹っ飛んだ気がして、アミスは深々とため息をつく。 「良いアミス?明日から忙しくなるわよ。」  ヴァルプスは疲れきっている上半身を起こした。 「まずは空いた時間に図書館で手掛かり探し。アミスがこっちの世界に来た方法を調べるの。 次に授業!この学校には午前の部と午後の部があって、どちらか選ぶことができるの。」  ヴァルプスは机の引き出しから羊皮紙を取り出し、アミスのベッドに広げた。 そこには時間割のような表が事細かに書かれている。 ヴァルプスは表に書かれている五つの絵を指差した。 「これが必須科目ね。こっちから順に『風の魔法』、『炎の魔法』、『水の魔法』、『地の魔法』、それから『飛行術』ね。」 「はぇ~…難しそう…。」 「この中から一日に四科目、それから一応選択授業もあるけど…こっちはやらなくても良いわ。」  ヴァルプスは羊皮紙を丸め、それを机に放り投げた。 そして再び仰向けにベッドに寝転び天井を眺める。  「とにかく、明日からまた頑張りましょ。今日はもうお風呂入ったら寝れば良いしね…。」 「…ね、ヴァルプス。」  アミスは枕を抱きしめながら、ヴァルプスの方へ寝返りを打った。 「なぁに?」 「…まだ出会って一日くらいだけどさ…色々とありがとう。その…ご飯とか箒とか…買ってもらっちゃって…。」  アミスはぎこちなく笑いながら枕に顔を埋める。その頬はほんの少し赤らんでいた。 そんな彼女の姿にヴァルプスは思わず失笑した。 「ふっ…あはははっ、アミスったら可愛い。私だって今日は助けられたわ、お互い様よ。」  ヴァルプスは朗らかな笑顔でアミスを見た。 オッドアイの綺麗な瞳が、枕から顔を覗かせる彼女の瞳を射抜く。 「ありがとアミス。明日からもよろしくね。」 「っ…う、うん…。」  アミスは恥ずかしさに赤面しながらはにかむ。 そして明日からの不安と期待に心臓が高鳴るのを感じていた。 同時にヴァルプスがいれば大丈夫かもしれないという安心感が、自然に心の奥底に湧き上がっていた。
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