マギア総合魔法学園

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 翌朝、アミスは緊張していたせいかいつもより早く目が覚めた。 昨日よりもスムーズに制服に着替え、机に置いてあった杖を手にとる。 (ついに…魔法を使えるんだ…。)  杖をグッと握り、アミスは意気込むように頷いた。 紙袋から取り出したパンを咥え、杖を構えてみせる。 そして意味もなくまるで指揮者のようにそれを振り回してみた。 当然、杖の先からは何も出ない。 (やっぱヴァルプスに教えてもらわないと難しいかも…。) 「おはようアミス、もう起きてたの…?」  隣の布団がモゾモゾと動き、ヴァルプスが目を擦りながら起き上がった。 「あっ…うん。なんかあまり眠れなくて…。」  あくびをするヴァルプスの隣で、アミスは照れくさそうに笑う。 「ねぇ、一限目はなんの授業?」  アミスは自分のベッドに座りヴァルプスと向き合った。 ヴァルプスは丸めてあった羊皮紙を広げると、安堵したような表情を見せた。 「運が良いわ、風の魔法よ。魔法学の中でも一番基礎的で簡単なやつ。」 「ほんと?じゃあすぐ使えるようになるかも…!」  その時、校内に鐘の音が響き渡った。 ヴァルプスは立ち上がり壁の時計を見る。 「六時…まだ時間はありそうね。少し練習してみない?」 「うん、やってみたい!」  ヴァルプスは自身の杖を取り出しアミスに向けて構える。 そしてくるりと円を描くように振りながら呪文を唱えた。 「スペルヴェント・ブレッザ。」  すると杖の先から仄かな風が吹き、アミスの髪をそっと揺らした。 「これが基礎中の基礎。小さな風を起こす呪文よ。」 「な、なるほど…。」 「円を描くように杖を振りながら、“スペルヴェント・ブレッザ”って唱えるの。」  ヴァルプスは軽く杖を振りながら説明した。 「よ…よーし……」  アミスは足を大きく開き右手を前に出した。 そして杖の先を食い入るように見つめながら、ゆっくりと円を描いた。 それと同時に先ほど教わった呪文を大きな声で唱える。 「スペルヴェント・ブレッザ…!」 「…………………………………….。」 「…………………何も、起きないけど……。」  アミスは杖を構えたままの体勢でヴァルプスを見た。 杖の先からはそよ風はおろか、虫の息さえも出なかった。 「んー…もう少しこう…手首だけで軽ーく振ってみて。」  ヴァルプスは手首をクルクル回して見せる。 「お…オッケー……。……スペルヴェント・ブレッザ!」  アミスはもう一度呪文を唱えながら杖を振ってみせた。 しかし風が吹き出されることはなく、再び沈黙が流れた。 「……ダメかぁ…。」 「まだ時間はあるわ、頑張りましょ!」  肩をがくりと落とし落ち込むアミスとは対照的に、ヴァルプスは笑顔で彼女を応援した。 「っ…スペルヴェント・ブレッザ!」 「もう少し優しく振るのよ…!」 「スペルヴァ…ヴェント…っ」 「噛んじゃダメ…!」  しばらくの間、部屋の中には呪文を叫ぶ声とそれを指導する声が交互に響いていた。 「う…うぅ…無理……。」  練習を始めてからおよそ二時間。 何度挑戦しても一向に風は起こせず、アミスも次第に集中力を失っていってしまった。 数えきれないほど杖を回し呪文を唱えた後、彼女はベッドにうつ伏せで倒れ込んだ。 「…ア、アミス。大丈夫…?」 「…やっぱ人間には使えないのかな…魔法……。」  アミスはくぐもった声でそう呟いた。 先ほどよりも遥かに重い沈黙が流れる。廊下からは生徒たちの談笑が微かに聞こえた。 ヴァルプスは腕を組み慎重に思考を巡らせた。何かコツさえ掴めればきっとアミスにも魔法が使えると、そう信じていた。 「………アミス。あなたがこっちの世界へ来た時、どんな感じで呪文を唱えたの?」  アミスは寝返りを打つ。そして天井を眺めながら一昨日のことを思い浮かべた。 「……えっ…と…確か、こう…理想の世界を想像して……それから…」 「それだわ!」  ヴァルプスは手のひらをポンと叩き立ち上がる。 そしてベッドに転がっていたアミスの杖を手に取ると、それを彼女に握らせた。 「想像よ!頭の中で思い浮かべるの!」 「想像…?」  ヴァルプスは杖を握るアミスの両手を自身の両手で包み込む。 「風を想像するのよ!集中して、ただそれだけを考えながら呪文を唱えるの!」 「か…風を…?」  アミスは握った杖に視線を向ける。 本当にそれで魔法が使えるのか、彼女には疑問だった。 しかし反対に、ヴァルプスは自信満々の表情だった。アミスは彼女のその表情に後押しされるように立ち上がる。 「…わかった、やってみる。」 「さぁこっち向いて、頑張るのよ…!」  アミスは杖を前に出し、ヴァルプスに向け構える。 そして、頭の中に風を想像した。仄かな風、優しく髪を揺らす程度の小さな風を。 目を閉じ、意識をそれだけに集中させる。やがて周囲の音は聞こえなくなり、杖を持つ感覚だけが残った。 アミスは手首だけをゆっくりと動かし始めた。ゆるりと風のように、クルクルと軽く円を描く。 「…スペルヴェント・ブレッザ…!」  呪文を唱え、アミスは目を開けた。 手応えは感じなかった。ただ感じるのは杖の質感のみ。 しかし杖の前にいたヴァルプスの髪が微かに揺れたのを、彼女は見逃さなかった。 「……で、できた……?」  アミスは呆然とその場に立ち尽くす。 ヴァルプスはしばらく固まっていたが、次第に口元が緩んでいった。 「…できた、できたわ!アミス!成功よ!」  ヴァルプスは弾けるような笑顔でアミスに飛びついた。 そして幼い子供のようにはしゃぎながら彼女を思い切り抱きしめたのだ。 「わっ…ヴァ…ヴァルプス…!」 「あなた今、魔法が使えたのよアミス!すごいわ!!」  まるで自分のことのように喜び舞い上がるヴァルプスに、アミスは恥ずかしげに笑い返した。 「ぁ…ありがと…。自分でもびっくりだよ…。」 「これからもっと使えるようになるわよ。あとは慣れるだけですもの。」  二人で仲良く喜び合っている間に、校内には鐘の音が鳴り響いていた。 ヴァルプスはハッとしたように顔を上げると、大慌てで制服に着替え始めた。 「いけない…!そろそろ行かないと!」 「えっ、え?」  アミスも釣られて帽子を被り、慌てて靴を履く。 「授業十分前よ…!遅れたら羊皮紙二枚の反省文書かなくちゃ…!」 「えぇ…!?」  ヴァルプスは用意されていた教科書と杖、それからペンケースを流し込むように革製の鞄に入れた。 アミスはどれがどの教科書かわからず、彼女の隣でたじろいでいる。 「え…えーと…これ?」 「杖と緑と赤、それから青の本三冊。あとは羊皮紙の束とペンケースだけで大丈夫よ…!」  鞄を肩にかけたヴァルプスは部屋の扉を開けた。 廊下には何人もの生徒が同じように忙しなく移動している。 (通勤ラッシュみたい…。)  遅れて部屋から出たアミスは目の前を行き来している彼らを目で追った。 「行きましょアミス!教室はこっちよ!」 「う、うん…。」  不安なことは山ほどあったが、それをヴァルプスに伝えている暇はなかった。 これから始まる未知の学校生活に期待と懸念を抱きながら、アミスは彼女の後を追った。
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