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「なんていうか…見た目から炎の魔法使いそうな先生だったな…。」
緊張感も抜け、すっかり落ち着いたアミスは廊下を歩きながら大きなため息をついた。
「安心して、次の授業はもう少し優しい先生だから。」
隣を歩くヴァルプスは水の魔法の教科書を取り出す。
表紙に嵌め込まれた雫の石がキラキラと光っている。
この学校の教科書はどれも、とても教科書とは思えない高級そうなものだった。
何より、人間の世界のペラペラの教科書とは比にならないくらい上質なものだった。
あんな分厚い本で叩かれたら一溜まりもないだろうと、アミスは横目で教科書を見た。
「あらお二人さん、随分と仲良さげじゃない。」
不意に聞こえたその声に、二人は足を止めた。
できることなら出会いたくなかった三人が、二人の行手を阻むように立っていた。
真ん中で腕を組み口を歪めて笑うエミリーは、更に数歩二人に近づいた。
「…何の用?」
アミスは警戒しながら低い声で呟く。ヴァルプスは教科書を抱く手を握り、鋭い目を向けた。
横をすり抜けようとも思ったが、取り巻きの二人がそうはさせまいと佇んでいるのを見て何もできなかった。
「さっきは凄かったじゃない。あの先生相手に冷静に答えるなんて…。」
(冷静じゃなかったんだけどな…。)
エミリーは口に手を当てクスクスと上品そうに笑っていた。
余裕そうなその表情が、アミスは苛立たしくて仕方なかった。
「…通りたいんだけど。」
アミスはヴァルプスを庇うように一歩前に出る。
一度は立ち向かった相手、恐れはあまり感じなかった。
「…ねぇあなた、よくその子を庇ってるみたいだけど…。何か特別な関係でもあるのかしら?それとも偽善?」
「そんなんじゃない、彼女は私を助けてくれた。」
アミスは怒りを抑えるようにショルダーベルトを握りしめる。
ギリギリとベルトの軋む音が聞こえるほど強く握りしめた。
「へぇ…でもその関係もどこまで続くでしょうねぇ。この学校では魔法ランクが全てよ。ランクが低い人なんて、そのうち誰も相手にしなくなるわ。」
「っ…大体、その魔法ランクって…!」
アミスがもう一歩前へ出ようとした時、不意にヴァルプスが彼女の手を掴んだ。
驚き振り向いたアミスに、彼女は首を横に振る。まるでそれ以上は駄目とでも言うかのように。
「っ…ヴァルプス。」
「…わかったから、エミリー。あなたの言いたいことはわかった、だからそこを通して。」
「……あら、潔いわね。だったら早く出て行くことね。ランクの低い魔女はこの学校には必要ないものねぇ…。」
エミリーは二人を横切りながら周りに聞こえぬように囁いた。
取り巻きたちもニヤニヤと嘲笑するかのように横切っていった。
残された二人の間にしばらくの間重い沈黙が流れる。
「……行きましょう、次の教室はこっちよ。」
「…うん…。」
楽しそうに談笑している生徒たちの間をすり抜け、二人は次の教室へ足早に向かった。
「水の魔法は他の魔法と組み合わせることで、更に多くの活用法を見出すことができる。
例えば、炎の魔法と組み合わせることで熱湯を発生させることが可能になる。
次の授業では風の魔法で冷風を発生させ、水を凍らせる魔法を合同授業で練習する予定だ。
だから今日はその予習として水の魔法の基礎を復習することにする。」
クールで真面目そうな女教師は教科書を見ながら黒板に長文を書き始めた。
やけに涼しい教室内では、ほとんどの生徒が静かに羊皮紙に向かってペンを走らせていた。
「……ねぇ、ヴァルプス……。」
アミスは周りをチラリと見た後、小声で隣のヴァルプスに耳打ちした。
「…なぁに?」
「……さっきのことなんだけどさ、魔法ランクって…一体何なの?」
ヴァルプスは手を止め、羊皮紙から顔を上げる。
そして少し考えるように眉を顰めた後、小声で話し始めた。
「………簡単に言うなら、成績みたいなものよ。魔法使いの特有のね…。」
「成績…?」
「各魔法に筆記と実技のテストがあってね、高得点を取るとその魔法のランクが上がるの。
各魔法一ランクだから、最高はランク七ってこと。」
魔法使いも思ったより大変かもしれない。アミスは相槌を打ちながらそう感じていた。
人間と同じように学校があり、成績がある。それによってカーストが作られてゆく。
魔族や魔法、この世界には未知のことが山ほどある。しかし中枢は変わらないのかもしれない。
「じゃあ、ランク七の魔法使いもいるんだ…。」
「…いいえ、いくら頭が良くても魔法ランク七の魔法使いは存在しないの。」
「え、どうして?」
ヴァルプスは更に小さな声で囁いた。
「……光と闇は紙一重。しかし絶対に合わさることはない。」
「……それ何?」
「そこの二人、私語は禁止。次やったら反省文だ。」
教師の冷たい声が響き、二人は素早く距離をとった。
幸いにも、叱られていたのは別の生徒だった。
しかし二人はすっかり縮み上がってしまい、授業が終わるまでは一度も顔を合わせなかった。
三時限目の水の魔法の授業が終わり、残るは一科目となった。
最後の科目は飛行術だったので、二人は一度寮へと戻った。
マギア総合魔法学園の制服は独特だが華やかなものだった。しかし運動着はごく普通なもので、所謂ジャージだった。
バイオレットの動きやすそうな布地、よく伸びるゴムの紐。上着は破れにくく暖かかった。
「さっきの話の続きなんだけど…。光と闇?…って、どういうこと?」
アミスは靴紐を結びながら尋ねる。
ヴァルプスは靴下を膝までたくし上げると、弾力のあるベットから立ち上がった。
「ランクは最高七って言ったでしょ?でもどんなに偉大な魔法使いでもランクは六なの。
理由はひとつ。光の魔法が使える者は闇の魔法が使えないから。逆に闇の魔法を使う者は光の魔法を使えない。
表と裏を同時に見ることができないように、光と闇は決して交われないって…学園長が言ってた。」
「…なんか難しいね。」
アミスは自身の箒を手に持つ。
ただただ重い普通の箒。これで空が飛べるとは、やはり彼女は到底思えなかった。
「飛行術ってさ、どんな感じなんだろ…。」
「難しいわよ。まだ飛べない生徒もいるもの。」
学校の外は太陽に照らされている。まさに運動日和だ。
既に何人かの生徒が練習に励み、ふわふわと宙に浮いていた。
「私は箒取られちゃったけど…。でも代わりに、あなたに教えることができるわ。」
「オッケーヴァルプス先生、よろしく。」
「ふふ、よろしくアミス。」
箒で空を飛ぶという普通は絶対にできない経験。
アミスは期待に胸を膨らませながら、生徒たちの列に並んだ。
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