マギア総合魔法学園

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 数十人の生徒が広大なグラウンドに横一列に並んだ。 皆片手に箒を持ち、一点へ視線を向けている。 視線の先には大きな羽の髪飾りをつけた女教師が、赤い布で彩られた立派な箒を片手に佇んでいた。 教師は一歩前へ踏み出すと、生徒たちに指示するように片手を前に出す。 「では生徒諸君、飛行術の三箇条を述べよ!」 「「「箒は命あるもの!箒は我が分身!箒は風を操りしもの!」」」  教師の合図と共に、生徒たちは一語一句間違えずその言葉を叫んだ。 しかし何も知らないアミスはただただ周りに合わせて口を動かすことしかできずにいた。 そんな彼女に気づいた教師は、駆け足で彼女の元へ向かう。 もしや叱られるのではと、アミスは教師を見上げながら息を呑んだ。 「…もしや、君が転入生か?」 「…えっ、あ…はい…。」  アミスは箒を両手で握りながら頷いた。 すると教師は羽織っているコートのポケットへ手を入れ、何かを取り出した。 太陽の光に照らされたそれは、マギア総合魔法学園の校章バッジだった。 赤い紐がつけられ、裏には番号が刻まれている。 「ならばこれを箒につけたまえ。この学園の生徒である証だ。」 「はっ…はい…!」  アミスは校章バッジを受け取り、箒の柄にそれを取り付けた。 叱られると身構えていた彼女は安堵の表情を浮かべ、再び背筋を伸ばし直立した。 「本日は各自、自由に箒の訓練をせよ。再来月に開催される箒レースに出場予定の者は此方へ集合!」  教師はそれだけ言うとグラウンドの奥へ走っていった。 何人かの生徒は教師の後に続きその場を離れ、その他の生徒はその場で箒に跨り始めた。 すぐに浮遊し始める生徒もいれば、なかなか飛べずに苦戦している生徒もいる。 アミスも彼らと同じようにすかさず箒に跨った。 「呪文を唱える前にまずはイメージよ。自分の周りの風を操るイメージ!」 「よーし…!任せとけ…!」  ヴァルプスはアミスの隣に立ち、彼女を見守っている。 その期待に応えるようにアミスは意気込み、力強く柄を握りしめた。 目を閉じ、吹き荒れる風を想像する。砂埃が巻き上がり、髪がふわふわと舞い上がるイメージを。 イメージでしかなかったが、彼女は数かにそよ風が肌に当たるのを感じていた。 「…イメージ完了…。」 「じゃあ次は呪文ね…!“スペルヴェント・ヴォラーレ”よ…!」  ヴァルプスは彼女から数歩下がり距離を取る。 (やっと…やっと空を飛べるんだ…。)  緊張と興奮で心拍数が上昇している。 呪文を頭の中で数回復唱した後、アミスは意を決し口を開いた。 「っ……スペルヴェント・ヴォラーレ…!」  プスー…っと、穂先から排気ガスが抜けるような音がした。 「……飛んでる?」  アミスは恐る恐る目を開け、自身の状態を確かめた。 しかし足はしっかりと地面にくっついており、一ミリも浮いた気配がなかった。 「…えーと……不発だったみたい。」 「うっそぉ…。」  アミスはもう一度強く柄を握り直した。 そして再び目を閉じ、風をイメージする。 「スペルヴェント・ヴォラーレ!」  大きく深呼吸し呪文を唱える。 しかし、箒は一向に浮く気配を見せなかった。 「…なっ…なんで…!?」  何度も呪文を唱えるが、箒はびくともしない。 アミス自身が飛び跳ねてみても、くるくると一回転してみてもそれは変わらなかった。 必死に呪文を唱えるアミスの周りでは生徒たちが楽しそうに空を飛んでいる。 その落差に彼女は次第に苛立ちを感じ始めていた。 「っ…この…!動け…!動けこの…!へなちょこ!ポンコツ箒!」  箒に跨りながら何度もジャンプしたり、柄の部分をコンコンと小突く。 すると突然箒が上昇し、驚いたアミスはまるで落馬するかように柄から落ちた。 「うわっ…!」 「大丈夫…!?」  ヴァルプスは砂まみれになったアミスに駆け寄り、彼女の半身を起こした。 アミスは砂を払いながら立ち上がり、未だ宙に浮いている箒をキッと睨みつけた。 「この箒…絶対ワザとだ!」  箒はアミスを挑発するかのようにその場で一回転してみせた。 ヴァルプスは箒に恐る恐る近づき、その柄にそっと触れた。 「すごい…軽やかに動くね、この箒…。」 「すごい…?軽やか…!?私を振り落としたクセに!」  アミスがそう訴えれば、箒はヴァルプスの手をすり抜け彼女の元へ飛んでいった。 そして柄の先で彼女の頭や脇腹を数回小突く。 「いっ…いってて…っ、何すんだこの…っ」  箒は何度もアミスの体をつつく。 まるで悪ガキのように穂先でくすぐったりもした。 その様子がおかしかったのか、ヴァルプスは彼女と箒を交互に見てクスクスと笑った。 「まあまあ落ち着いて、箒だってポンコツって言われたら怒るわよ。」  ヴァルプスは宥めるようにアミスの肩に手を置く。 すると箒は手のひらを返したかのように、すりすりとヴァルプスへ擦り寄った。 まるで生きているかのような動きだった。 「よしよし…不思議な箒ね…ここまでひとりでに動く箒は初めて見たわ…。」  ヴァルプスは箒の柄や穂をあやすように撫でた。 (っ…この箒…人によって態度を変えてる…!?)  アミスはつつかれた脇腹を抑えながら箒を更に睨みつける。 その鋭い視線に気づいているのかいないのか、箒は尚もヴァルプスと戯れ合っている。 彼女はただその様子を悔しげに歯を食いしばりながら睨むことしかできなかった。
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