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「ねぇアミス、この箒とっても良い子ね!」
授業開始からはや四十分。もはや練習にもなっていなかった。
ヴァルプスは自分の周りをぐるぐる回る箒を楽しげに目で追っている。
そんな様子が気に食わなかったアミスは、少し離れた場所からその光景を不服そうに眺めていた。
遠くでは箒に跨った生徒たちが目にも止まらぬスピードでグラウンドを飛び回っている。
あんなにすばしっこく飛べるまでに一体何年かかるのだろうかと、アミスは肩をがくりと落とした。
その時だった、甲高い声が二人の耳を劈いたのは…。
「授業中にお遊戯なんて、よほど頭が悪いのねぇ。」
「…!」
またもや、二人の前に現れたのはエミリーたちだった。
彼女の持つビーズや宝石でデコレーションされた派手な箒は、目を細めてしまうほど輝かしいものだった。
アミスは自身の箒に視線を移す。エミリーの箒と比べれば、その見た目はあまりにも見窄らしいものだった。
その見窄らしい箒もすっかり怯みあがり、ヴァルプスの背後へ直立し隠れていた。
「さっきは滑稽だったわね、箒から振り落とされるなんて…。そんな魔女なかなか見ないわよ。」
「そうそう、あんた絶対有名になるわ。箒に振り落とされ、つつかれた魔女として…!」
取り巻きたちのおちゃらけた態度にアミスは口を尖らせた。
先ほど絡まれた際の苛立ちも募り、彼女はそろそろ我慢の限界だった。
拳を握りしめると、エミリーの元へズカズカと歩み寄る。
「いい加減にして!何でそんなに私たちに突っかかるわけ!?」
「ここでは成績が全てよ。ランクが低い奴はバカにされて当然なの。」
エミリーは自身の箒の柄先をアミスに向けた。
「箒で空を飛ぶこともできないんだから、あなたもきっと頭が悪いのね。」
「っ!」
エミリーは口角を吊り上げた。
そのバカにするかのような笑みに、アミスは痛いほど拳を握る。
しかし手を出してしまえばきっと彼女たちの思う壺だろうと、歯を食いしばりじっと耐えた。
「……確かに私は飛べない…でも、一生飛べないわけじゃない。いつか必ずあんたよりも早く空を飛んでみせるから…!」
「…へぇ~…。」
彼女の言葉を聞いたエミリーは、後ろの取り巻きに何やら目で合図を送った。
「あっ…!」
指示を受けた取り巻きはヴァルプスの背後に浮いていた箒から、強引に校章バッジを取り上げた。
ヴァルプスは咄嗟にバッジを取り返そうと手を伸ばすも、もう一人の取り巻きがそれを阻止した。
「ちょっ…何すんの!」
「学校にふさわしくない者がこれを持っている意味はないわ…。」
エミリーはアミスの校章バッジを指でくるくると回し弄ぶ。
アミスは取り返そうと彼女の手元を目掛け手を伸ばした。しかし、エミリーは彼女が手を伸ばす寸前にバッジを取り巻きの一人に向かって投げた。
キャッチした取り巻きは更にもう一人の取り巻きへパスし、しばらくの間バッジは彼女たちの手によって何度も宙に投げられた。
「っ…返して…!」
「取り返してみなさいよ、ここまで来れるものならね。」
呪文を唱える声が聞こえたかと思えば、辺りに砂埃が舞い上がる。
アミスが目を開けた頃には、三人は箒に跨り空に浮いていた。その手にはしっかりとバッジが握られている。
取り返そうにもアミスは飛ぶことができなかった。箒はヴァルプスの後ろで未だに直立、ヴァルプスはひたすら俯いていた。
「…っ、この卑怯者…。」
上空まで聞こえぬよう小さな声でアミスはボソリと呟く。
彼女が飛べないのを良いことに、エミリーたちは自由気ままに飛行し始めた。
上空から聞こえる甲高い笑い声が耳障りで仕方ない。
「…アミス、先生を呼んできましょう…。」
「…このまま負けてなんていられない…。」
「でも…」
ヴァルプスの言葉を振り切り、アミスは箒を掴んだ。
そして跨ると、念じるようにギリギリと柄を握る手に力を込めた。
(お願い…お願いだから…飛んで……っ)
「スペルヴェント・ヴォラーレ!」
しかし何度念じ、何度呪文を唱えようとも、箒は一向に浮き上がらなかった。
「っ…なんで飛んでくれないの…!?」
アミスは悔しさで胸が締め付けられる感覚がした。
強く念じようが想像しようが、どうしても箒は飛ばなかった。
やがて彼女は諦め、箒を持つ手をそっと緩めた。
そんな様子を上空から見下ろしながら、エミリーは更に大きな声で彼女を嘲笑する。
「あははははは…!そのオンボロ箒もゴミ同然ね。」
エミリーがその言葉を言い終わるや否や、アミスの持つ箒が微かに震え始めた。
「っ…?」
そして突然彼女の手をするりと抜け、遥か上空にいるエミリーたちの元へ一直線に飛んでいったのだ。
アミスはよろめき尻餅をつきながら、ひとりでに飛び立った箒を目で追う。
箒は取り巻きの一人の乗る箒の穂に激突した。
「なっ…!?何この箒!?きゃああああぁぁぁ!!」
箒が激しく揺れたことにより取り巻きはバランスを崩し、そのまま箒から振り落とされた。
エミリーが彼女の元へ向かうよりも早く、彼女はグラウンドへと勢いよく落下してしまった。
砂埃が舞い、周囲を飛んでいた生徒たちも何事かと彼女たちの元へ集まり始める。
アミス自身も何が起きたのか理解が追いつかず、戻ってきた自身の箒を両手で握りしめた。
「ちょっと…!大丈夫!?」
エミリーともう一人の取り巻きは、ぐったりとしている取り巻きへ近づいた。
彼女は呻き声を上げながら地面に打ちつけた足を押さえていた。
エミリーはアミスとヴァルプスを睨みつけ、ズカズカと二人に近づく。
「あんたたち!自分のしたことがわかってんの!?」
アミスたちはただただ後退ることしかできずにいた。
しかも更にバッドタイミングなことが起こった。騒ぎを聞きつけた教師が血相を変えて飛んできたのだ。
「これは一体何の騒ぎだ!?」
「先生!彼女たちが友達を箒から落としたんです!」
エミリーはすかさず二人を指差しそう叫んだ。
その場にいる全員の視線がアミスたちに向けられる。
「本当か?君たちがやったのか?」
教師は眉間に皺を寄せ、アミスへ詰め寄った。
アミスは何て答えれば良いのか分からず尻込みする。
「どうなんだ?」
「ぁ…えと…その…」
「違います先生!彼女たちが先にアミスのバッジを盗ったんです!」
声を上げたのはヴァルプスだった。
すかさず教師とアミスの間に割って入り、エミリーの持つ校章バッジを指差した。
「…君、バッジを見せよ。」
エミリーから校章バッジを受け取った教師は、バッジの裏側に掘られた番号を見た。
「…確かに、これは私が先ほど彼女に渡した新品だ。どういうことか説明したまえ。」
教師は厳しい表情で、今度はエミリーに詰め寄った。
しかしエミリーはそんな彼女に怯むことなく冷静に答える。
「誤解です先生。彼女が飛行の際にバッジを落としてしまったので、私はそれを拾っただけです。
それなのに恩を仇で返されて…こんなのあんまりじゃないですか…!」
エミリーはわざとらしくそう訴えた。
悲劇のヒロインのように表情を歪ませ、目には涙を溜めている。
「違います!強引に奪ったんです!それをこの箒が取り返してくれたんです!」
ヴァルプスも負けじと必死に訴えた。
「…このままでは埒が明かない!誰か他に見た者はいないのか?」
教師は周りを囲む生徒たちを見回した。
しかし誰も名乗り出る者はいなかった。
「皆だって見てたはずよ!それにアミスはまだ一回も飛んでないわ!」
「騙されちゃダメよ!皆こいつが彼女を落とすところ見たでしょ!?」
「お前たち落ち着け!とにかく、目撃者がいない限りどうしようもならん。」
ヴァルプスとエミリーは互いに強く睨み合った。
授業終了まであと五分、生徒たちの間には緊張感が渦巻いている。
このままエミリーたちが被害者になってしまえば、今後の生活に支障が出てしまうのは明らかだった。
しかし自身に疑いの目が向けられている以上、どうすることもできずにアミスはただただ立ち尽くすことしかできなかった。
しかしそんな時だった、一人の生徒が手を挙げたのは…。
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