20XX年

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 放課後の中庭には何十人もの生徒が集っていた。 テーブルにスナックを広げ、談笑する者たち。地面にチェス盤を広げ険しい顔で向かい合う者たち。 まさにアミスの憧れている光景だった。学校生活において最も重要なのは友好関係だと、アミスは改めて現実を突きつけられた気がした。 傍にひっそりと置かれたベンチに座り中庭全体を見渡しても、彼女と同じように一人で過ごす生徒はいなかった。 期待はずれだったとアミスは大きくため息をつく。  やがてアミスはパートナー探しを半ば諦め、男子生徒たちがボールを投げ合っている様をただぼんやりと眺めていた。 右往左往するボールを眺めながら、つまらなさそうに抱えていたリュックを強く抱きしめる。 (昔はよくやってたっけ…キャッチボール……。)  一人の生徒が投げたボールがコロコロと隅の方へ転がってゆく。 「お前どこ投げてんだよ」「悪い拾ってくる」と他愛もない会話が聞こえ、中庭の隅に転がったボールを生徒が拾い上げた。 「……ん?」  中庭の隅、校舎の影に隠れた薄暗い片隅に聳え立つ一本の木。 アミスは目を凝らしてその木を見た。確かに一瞬、木の裏から風に靡く布が見えたのだ。 (…あの木の後ろに誰かいる…。)  アミスはリュックを背負い立ち上がる。そして恐る恐るその木に近づいて行った。 近づくにつれあんなに聞こえていた生徒たちの声が薄れてゆき、代わりに小さな声が聞こえ始めた。 陽の光に照らされた中庭とは対照的にその木の周りは薄暗かった。 その薄暗い木陰から、小さな鼻歌が確かに聞こえたのだ。小さいが綺麗で、透き通った鼻歌が…。 アミスは意を決し、木の裏側を覗き込んだ。そこは中庭からは死角になっていた場所だった。 「あっ…」  そこには木の幹に背を預け、小さな本を片手に立っている少女がいた。 彼女はアミスの存在に気づくと鼻歌を止め、本をパタリと閉じた。 綺麗な黒髪が肩まで伸び、透き通った水色の瞳がアミスの金色の瞳を射抜いている。 「何か御用?」 「えっと…あの……もしかして一年生…?」 「そうだけど…何か?」  アミスは自身の心臓の音が早まるのを感じた。 初対面の人間に話しかける時ほど緊張する瞬間はなかった。 「じゃあ…歴史の課題のパートナーって、決まってたりする?」 「…いいえ、まだよ。」 「じゃあ…!もし良かったら…一緒に…どうかな…?パートナー探してて…。」  アミスはオタオタしながらも彼女に本来の目的であった課題のパートナー探しについて持ちかけた。 時刻は夕方、今日を逃してしまえばチャンスはない。それは目の前の少女も同じだと確信していたのである。 しかし、彼女の答えはアミスの予想とは大きく外れたものだった。 「却下。」 「…え…えええぇぇぇ…!なんで…!?だって明日から休み始まっちゃうのに…!」  腕を組みそっぽを向いてしまった少女にアミスは慌てふためきながら詰め寄る。 「初対面の人には自己紹介するのが基本でしょう?いきなり馴れ馴れしい…。」 「う……そ、れはそうだけど……。」  少女の言葉が胸に深々と刺さる。 アミスは気まずそうに俯くことしかできなかった。 「大体、クラスも名前も知らない子と組むなんて嫌。」 「あっ…」  少女はアミスに背を向けスタスタと歩き始めた。 このままでは一人でゴブリンの悪戯について調べる羽目になってしまうのではと、アミスは考えるだけでも恐ろしかった。 もうこの先どうにでもなれと一歩踏み出し、少女の背に向かって再び声をかけた。 「わ……私アミス…!アミス・ルチスタっていいます…!E組の…!良かったら課題、一緒に組みませんか…!」  出せる限りの声量でアミスは自己紹介をした。 恥ずかしさに頭の中は真っ白で、声も少し裏返っていた。 やはりダメかと息を呑んだが、目の前の少女は彼女の言葉に足を止めた。 「…アミス…ルチスタ……。」  少女はゆっくりと振り返りアミスの瞳を再び見た。 相変わらず透き通った綺麗な目だと、アミスはどこか感心していた。 「……レティ。D組のレティ・リグナ。課題パートナーよろしく、アミス。」 「……い、いいの……!?ありがとうレティ……!」  アミスは彼女の言葉を聞いた瞬間、今までに感じたことがないほどの開放感を感じた。 内心、今すぐにでも舞い上がりたい気持ちをなんとか抑えていた。 レティは再び木に背を預け、本を開いた。深い緑の表紙には金の文字で『魔族戦争についての記録』と書かれ、悪魔のような生物が描かれている。 「…それ…魔族戦争の本…?」 「ええ。魔族と人間の争いについて、事の顛末がこと細かに書かれているの。」  レティは説明しながら読んでいたページをアミスに向けて広げて見せる。 端から端まで並ぶ細かな文字の羅列にアミスは堪らず目を細めた。 「難しそうだね…それ。」 「気になるなら貸してあげる。パートナーになったからには貴方にも徹底的に魔族について調べてもらわないと…。」 「良いの?ありがと…。」  アミスは差し出された本を受け取り、丁寧にリュックの中に仕舞った。 「それと課題のことだけど、借りれる本は早めに借りた方がいいと思うの。だから明日、学校の図書室で調べることにしましょう。」 「そっか…休み中でも図書室は開いてるもんね。早い者勝ちだし、朝イチで行くよ。」  とにかくこれで難を逃れることができたと、アミスは安堵のため息をついた。
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