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「悪魔の軍団は空を覆い尽くし…上空から炎の雨を降らせた……。」
夕焼け空の下アスファルトの道を歩きながら、アミスは早速レティから借りた本を読み漁っていた。
教科書よりも事細かに書かれた戦争の内容は残酷極まりないものだった。
炎の雨、首を切り落とすために使われた斧、逃げ惑う人間たち。沢山の挿絵が載っていたが、そのほとんどが悍ましいものだった。
(よくこんなの読めるなぁ…あの子…。)
アミスは端から端までびっしり並ぶ活字に目を凝らしていた。
小説を読んだことなど滅多になかった彼女にとってこの本は難しく、頭が痛くなりそうな内容だった。
沈みゆく夕日の眩しさもあり、疲れていた目を擦りながら彼女は曲がり角を曲がった。
瞬間、柔らかい何かに当たりアミスはよろけて仕舞った。
「いた…っ」
「おっと…!」
素早く手を掴まれ、なんとか体勢を整える。
「いてて…すみません…。」
「良いのよアミス、学校帰りね?」
アミスは頭をかきながら目の前に立つ人物を見た。
黒い修道服に身を包む女性。腰から下げた十字架と、アミスと同じ金の瞳が夕日に照らされ輝いていた。
「あっ…羊のお姉さん…!」
「うふふ元気ね、でもメリーって呼んで?一緒に帰りましょうか…。」
優しく笑いながらアミスの頭を撫でる女性は、彼女の家の向かいにある教会のシスターだった。
名はメリー。優しく母性のある女性だった。
先程ぶつかったのは彼女の胸だったのかと、アミスは少し頬を赤らめる。
「学校は慣れた?一人暮らしが寂しかったら教会に帰ってきても良いのよ?」
「大丈夫だよメリーさん。家だって向かいだし…。」
「貴方が教会で暮らしていた頃のこと、すごく昔のことだと思ってしまうわ。まだ数ヶ月しか経ってないのに…。」
アミスは幼い頃、両親が亡くなってから教会に引き取られたのだ。
幼い頃から面倒を見てくれたメリーは彼女にとっては母親のような存在であり、どんなことでも話せる仲だった。
「ねぇメリーさん。魔族について何か知ってる?」
「魔族…?そうねぇ…確かに私はシスターだけれど、そこまで詳しくはないわ…。」
「じゃあ、エクソシストはどう?」
しばらくの間、メリーは歩きながら腕を組み悩むように首を傾げた。
「エクソシストねぇ…。最近はエクソシストはいなかったんじゃないかって、学者たちの間で言われてるのよね…。」
すっかりビルが建ち並び、様々な電子機器が発展している現代。
悪魔や魔法使いは架空の生物と確信している人間も少なくはないだろう。
魔族戦争が本当に起こったことなのか。今でも専門家たちの論争は続いていた。
一部では、エクソシストの存在までも否定する者がいるくらいだった。
「そうなの…?メリーさんはどう思う?」
「もちろん、私はいると思うわ。私たちの世界を救ってくれたエクソシストが…。」
メリーは手を組み、輝く瞳で天を見た。まるで神に祈るかのような仕草だった。
ベールがそよ風に靡き、綺麗なウェーブを描いている。その姿に、アミスも自身の瞳を輝かせた。
「……もしかして、メリーさんがエクソシストだったりして…」
「…まさかぁ、そんなことはないわ。」
メリーはくすくすと笑いながらアミスの頭を優しく撫でた。
彼女に撫でられると、アミスは心の底から安心できるような気がするのだ。それは言葉では言い表せない安心感だった。
「でもさ、エクソシストの末裔っているのかな?」
「もしかしたらいるかもしれないわね。この世界のどこかに、エクソシストが…。」
「じゃあさ、今もどこかでやっつけてるのかな?悪魔とか吸血鬼とかさ。」
そう尋ねれば「どうかしら…」とメリーは再び天を見た。
ビルの隙間に浮かんでいた夕日は地平線に沈み始め、空は徐々に薄暗くなり始めている。
幻想的な彩りの空を見つめながら、メリーはほんの少し目を細めた。
「…でもねアミス。エクソシストの役目は魔族を倒すことではないわ。エクソシストの役目は、魔族を救うことですもの。」
やけに真剣なメリーの表情に、アミスは呆気に取られていた。
「……なんてねアミス、今のはメリーさんのジョークよ!ジョーク!」
「…へ?」
いつの間にか教会の前まで来ていた二人は門の前で足を止める。
屋根の上に伸びている十字架が夕日に照らされ神々しい光を放っている。
極彩色のステンドグラスが壁に埋め込まれ、レンガが積み上がってできている教会は、現代には異質だったもののどこかノスタルジーを感じる見た目だった。
「さぁ、日没前に家に帰らないと。怖い羊さんがビリビリ光線を浴びせに来るかも…?」
「あはは…その羊の話、小さい頃よく聞かせられてたっけ…。」
アミスはリュックから鍵を取り出し、向かいのアパートの門を開けた。
夕日は既に半分以上沈み、空は暗さを増していた。
「じゃあメリーさん、いつでも遊びに来てよ。向かいだし…。」
メリーは教会の門を開けながら優しい笑顔で頷く。
「そうねぇ…。近いうちにお邪魔させてもらおうかしら…。お勉強会にでも。」
くすくすと笑いながらメリーは手を振った。
そんな彼女にアミスは「ゲェ…」と苦い顔をしながら自室の扉を開けた。
しかし今日は少しだけ良いことがあったと、アミスは心のどこかでそう感じていた。
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