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休暇中だというのに図書室は生徒で混み合っていた。
ページを捲る音や小さな話し声が四方八方から聞こえる中、アミスは積み重なった大量の本を読み漁っていた。
そのほとんどが魔族についての図鑑や漫画だった。頭を捻らせながら机に肘をつきただひたすら読み続ける。
(魔族ってこんなにいるの…?何について調べれば良いのやら…。)
何百ページもある魔族図鑑をパラパラと捲りながら、アミスは眉を顰める。
図鑑ならば多少はわかりやすく調べやすいと思っていたのだが、あまりにも多い魔族の種類に悩み続けていた。
悪魔、吸血鬼、ゾンビに魔法使い。サキュバスやら死神まで…。図鑑にはありとあらゆる魔族の特徴が記されている。
こんなのを真剣に読んでいたらそれだけで休暇が終わってしまう。アミスは内心そう思っていた。
その時突然、バチっと痺れるような感覚が背中を走りアミスは体をビクッと震わせる。
「いて…っ、何今の…」
「失礼、静電気よルチスタ。この図書室には加湿器ないのね。」
「あっ、レティ…!」
椅子に座るながらアミスが後ろを振り向けば、そこには一冊の本を抱えたレティが立っていた。
「その本は?」
「魔女特集よ。本当は悪魔について調べようかと思ったけれど…。生憎、もうほとんど残ってなかったわ。」
机に置かれた分厚い本には『魔法使い大全』と書かれていた。
とんがり帽子にボロボロの服を着たお世辞にも可愛いとは言えない魔女が箒に跨った絵が表紙を飾っている。
「…魔女ってこんな見た目だったの…?」
表紙の絵に圧倒されているアミスを尻目に、レティは本を開き説明し始めた。
「魔法使い、魔女は生まれた時から体内に魔力を秘めており。何よりも悪魔を崇拝し、人間たちの血を求めている。」
レティの読み上げる内容にアミスは顔を強張らせた。想像していたものより遥かに残酷な内容だったからだ。
「魔法使いは風を操り、箒に跨り空を飛ぶことができる。サバトという夜宴を開き、火を囲みながら子供や女の肉を切り刻み、新鮮な血をグラスに注ぎ晩酌すると言われている。人間を嬲り殺し、その骨でアクセサリーを作る。」
「そ…それほんと…?もっとこう…杖を振ってマジカルなんとかみたいな、可愛いワンピース着て黒猫と一緒に…」
「残念だけど。あなたが思っている以上に凶悪みたいね、魔族っていうのは…。」
かなりショックが大きかったのだろう、アミスは頭を抱えながら机に突っ伏した。
レティは分厚い本を閉じ、アミスの傍へ寄せた。そして再び席を立つ。
「課題のテーマは魔法使いに決定ね。良い参考資料がこれしか残ってないもの…。」
椅子に掛けてあった鞄を肩にかけ始めたレティに、アミスは顔を上げる。
「もう行っちゃうの?」
「私はね、家で調べてみるわ。あなたはもう少し調べてみたらどう?魔族の棚にはほとんど残ってないけど、例えば…ファンタジー小説の棚とかね。」
それだけ言うとレティはスカートを翻し、スタスタと生徒たちの間を抜けて去ってしまった。
アミスはそんな彼女の後ろ姿をただ茫然と眺めることしかできなかった。
(別の棚なんて調べても、これっぽっちも参考にならないよ…。)
積み上がった本の塔を持ち上げ、魔族の棚へと向かう。
レティの言った通り、魔族の棚にはごく僅かな本しか残っていなかった。ほとんどが一年生の手により貸し出し中になっており、すっからかんの状態だ。
悪魔についての本なんか一冊もなく、『唯一あったのはゴブリンの悪戯集』、『世界のゾンビ特集』、『フランケンシュタインは実在したのか?』、くらいだった。
いくつかの本を棚に戻している最中、アミスは棚の端に見知らぬ本が立てかけられていることに気づいた。
「…何この汚い本…。」
アミスは不審に思いながらもその本を手に取った。
薄汚れた茶色い本はベルトによってきっちりと閉じられており、古本っぽい匂いの中に嗅いだことのないような不思議な匂いがした。
アミスはその本を持ち再び机へ向かった。ほんの少し錆びて固くなっていたベルトを外し、顕になった表紙を見る。
革のような素材の表紙には細かな魔法陣のような模様が描かれており、その上に『光の魔導書』とだけ書かれていた。著者の名前も見当たらず、あるのはその言葉のみである。
「…光の…魔導書…。」
適当なページを開けば、古びた羊皮紙に様々な魔法陣が描かれていた。繊細で綺麗な模様ではあったが、複雑で頭が痛くなりそうなものばかりだ。
しかしその魔法陣とは裏腹に、隣に記されている言葉はロマン溢れるものばかりだった。
『願いが叶う方法』、『見たい夢を見る方法』、『傷を癒す方法』…。真偽は不明だが、誰もが一度は憧れるような呪文や魔法陣が載っていた。
アミスは眉を顰めながら更にページを捲ってゆく。
そして一番最後のページを捲った時、不意に手を止めた。
「……別世界へ、行く方法…。」
『別世界へ行く方法』。大きな字でそう書かれたページには一つの呪文と魔法陣が描かれていた。
その魔法陣を見た瞬間、アミスは妙な胸騒ぎを感じた気がして息を呑んだ。
(この本…学校のラベルも名前も書いてない…。少し…借りてもいいかな…。)
ベルトを巻き直し、本をリュックに仕舞うとアミスは椅子から立ち上がった。
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