20XX年

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 昼下がりの街中は休暇中の学生たちで溢れていた。誰もが友人たちと共に休日を満喫し、カフェや公園は彼らの憩いの場となっていた。 アミスはそんな彼らを横目に早足で通りを歩く。しかし楽しげな笑い声が四方八方から聞こえる度、アミスはつい羨望の眼差しを向けてしまう。 気を紛らわすように先程見つけた魔導書のことを頭に思い浮かべ、更に早足で家への道のりを急いだ。 「あらアミスじゃない。どうしたのそんなに急いで?」 「…け…ケイト…っ」  もう少しで住宅街に入るという時に、アミスは後ろから声をかけられ思わず立ち止まった。 振り返ればそこにはクラスメイト且つ隣の席のケイトと、見知らぬ女子が数人立っていた。 皆、可愛いフリルやリボンのついた服を身につけ、ホイップクリームたっぷりのカフェラテを持っている。 古着にズボン、唯一のアクセサリーといえば髪を留めている黒猫のヘアピンのみであるアミスとは桁外れだった。まるで月とスッポンである。 「ケイト~、その子誰?」 「同じクラスの子よ。」  ケイトの後ろにいる女子たちはアミスを見ながらヒソヒソと何かを話している。その視線にアミスは胸が締め付けられるような苦しさを感じた。 「ねぇアミス、今暇?これからショッピング行こうかなって思ってるの、よかったら一緒にどう?」 「え…っ?えっと…」  ケイトの無邪気な笑みにアミスは思わず尻込みしてしまう。 普段ならば喜んで誘いに乗るところだが、何故か今日の彼女は乗り気ではなかった。 「えぇ…やめとこうよケイト、もう定員オーバーだし。」 「それになんかあの子…あんまりオシャレじゃないっていうか…。」 「うん…なんかダサいし…」  アミスは更に心臓が押し潰されるような気持ち悪さを感じた。手をぎゅっと握りしめ、唇を噛む。 聞こえていないつもりなのか、女子たちは小声でアミスのことを不満そうに相談していた。 中には小馬鹿にするかのように笑っている者までいた。 「ちょっと…!少し黙ってて…!」  ケイトは後ろにいる女子たちに向かって小声で注意していた。 しかし既に聞こえていた言葉たちはアミスの心臓を抉り、十分すぎるほどに彼女の精神を傷つけていた。 「…いいよケイト。私は予定があるから…。」 「ぁ…アミス…!」  ケイトが話しかける前に、アミスは踵を返し走り去っていた。 息が詰まりそうだったがとにかく走った。 住宅街の路地を無我夢中に走り抜け、人にぶつかりそうになっても止まらずに、何度転びそうになっても走り続けた。 家の鍵を取り出しガチャガチャと乱暴に開け、バタンと勢いよく玄関を閉めた。  リュックをベッドの上に投げ捨てた拍子に、中から『光の魔導書』が飛び出る。 「っ…」  本を手に取りベルトを外し、最後のページを開けばそこには『別世界へ行く方法』が記載されている。 アミスは涙の溜まった瞳で複雑な魔法陣を見た。ぼやけた視界で見る魔法陣は曖昧で、月明かりのようにぼんやりとしていた。 (…別世界…。)  アミスは涙を拭い、本を机に置く。そしてライトをつけ、説明文を読み始めた。 「…別世界へ行く方法。この魔法は強力なものであるため、全て自己責任で行え。 一、扉に魔法陣を描く。二、頭に別世界への理想や願望を強く想像する。三、呪文を唱えよ、『スペルフォス・テューア』。 想像が強ければ強いほど成功の確率は上がり、扉は別世界へと通じるだろう。 ……………。」  アミスは決意したかのように顔を上げた。 そして壁際にあるクローゼットに近づくと、両開きの扉をそっと開く。 中には上着や積み上げられた本、使わなくなった道具が無造作に置かれている。 その中から絵の具や筆の入ったバッグを取り出した。 (扉…。)  アミスはクローゼットの扉をじっと見つめる。 そして白い絵の具とパレットと筆を取り出し、『光の魔導書』を床に広げた。 円の中に描かれた七芒星、細かな模様。頭が痛くなりそうな魔法陣を見ながら、アミスはパレットに絵の具を広げた。 「…ふぅ…なんとかマシになったかな…」  窓の外は日が沈み、道に並ぶ街灯が小さな光を放っている。 アミスは何時間もの間部屋の明かりをつけるのも忘れ、ただ魔法陣を描くことだけに集中していた。 クローゼットの扉に大きく描かれた魔法陣は多少歪ではあるものの、見本通り事細かに描かれている。 薄暗い部屋の中で、アミスは大きな魔法陣をじっと見つめた。 (二…頭に別世界への理想や願望を強く想像する…。想像が強ければ強いほど成功の確率は上がり、扉は別世界へと通じるだろう…。)  アミスは昼間のことを鮮明に思い出す。 自分とは格が違う可憐な女子たち。大きなリボンをつけ、キラキラとしたアクセサリーを着飾った女子たち。 アミスに向けられた視線は疎ましいものであり、何度思い出しても彼女の心臓を深く抉った。 学校、街中、どんな場所でも。この世界で平穏に暮らせる場所など存在しないのかもしれない。 (…別世界…もし別世界が本当にあるのなら…。こんな世界よりももっと素敵で、優しい人たちで溢れてる世界。 それから…最高の友達が欲しい。何でも相談できて、笑い合って、どんなことがあっても一緒にいてくれる友達…。)  窓の外に見える空には雲に隠れた月が薄い光を放っている。 その光だけを頼りに、アミスは床に広げた本を見た。 (三…呪文を唱えよ、『スペルフォス・テューア』…。)  アミスはクローゼットに描かれた魔法陣にそっと触れる。 円を指でなぞりながら目を閉じ、もう一度理想の別世界を頭の中に思い浮かべた。 「本当に…別世界に繋がるのなら…。ここよりももっと良い世界に繋がって…っ!」  雲に隠れていた月が徐々にその姿を見せ始める。 部屋に差し込む月光はより明るくなり、魔法陣を照らす。 今日は見事な満月だった。 「スペルフォス・テューア。」  アミスは輝く金の瞳を魔法陣の中心に向け、力強い声で呪文を唱えた。
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