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魔界
「……っ?」
何分間歩き続けただろうか、たったの数秒間だったのかもしれない。
アミスは不意に足元に感じたくすぐったさに足を止めた。そして、こそばゆい感触にゆっくりと瞼を開く。
「………ん…?」
アミスの視界一面に広がっていたのは深緑の草だった。彼女のふくらはぎまで伸びている雑草は辺り一面を埋め尽くしていた。
アミスは顔を上げ、辺りに広がっている景色を見渡した。
「…ど、どこ…ここ!!」
アミスが立っていたのは暗く深い森の中だった。
木の葉の間から見える空は深淵のように真っ黒で、辺りに生えている木々も不気味な雰囲気を醸し出していた。
想像していた桃源郷とは全く違う風景に、アミスは愕然と立ち尽くすことしかできずにいた。
(……ま、まさか…本当に別世界!?あの本は本当に魔導書だったの!?)
「あっ…本!」
周りをあたふたと見回しながらアミスは光の魔導書を探した。
しかしいくら草を掻き分けても、木の裏側に回っても本は見つからない。
本だけではない。ここへ来る際に通ったクローゼットの扉も見つからなかった。
今の状況がようやく理解できたのか、アミスは次第に青ざめ始める。
「ど、どど…どうし、よ…。これ…私…帰れないんじゃ……っ」
背中を嫌な汗が伝うと同時に心臓がバクバクと鼓動を早め、アミスは思わず過呼吸気味になってしまう。
肌寒さに身慄いしながら深呼吸し、何とか落ち着きを取り戻そうとした。
(とにかく…まずはこの森から出ないと…。)
このままでは埒が明かないと、アミスは身を縮こませながら森の中を歩き始めた。
歩き始めて数十分。一向に変わることはない風景を見ながら、アミスは頭を抱えていた。
いくら歩いても周りに見えるのは木々のみだった。方角も右も左もわからなくなってしまうほど歩き続けても、一向に森を抜ける気配もない。
森の中は静まり返っていた。鳥の声も、葉擦れの音さえも聞こえない。
最悪、熊や猪に遭遇してしまうか。それとも空腹に耐えきれずに餓死してしまうか。アミスは最悪な結末を予想し始めていた。
「お腹空いてきた…何か…食べ物…。」
歩き疲れた彼女はついに木の幹に背を預けズルズルと草むらにへたり込んだ。
上を見るも、あるのは黒い空と深緑の葉のみ。辺りの草木に食べられそうな果実などついてはいなかった。
(バカだな私…計画も無しに飛び込んじゃうから…。)
アミスは吸い込まれそうな黒い空を見上げながら、自分自身のことを考え始めた。
生まれて間も無く、アミスの両親は亡くなってしまった。
まだ物心ついていない彼女を引き取る者は一人も現れず、孤児として教会の孤児院で育てられたのだ。
メリーをはじめとするシスターたちはアミスを大切に育て、孤児たちも彼女の良き遊び相手であった。
何人もの孤児たちが引き取られ、独り立ちする中で彼女は誰にも引き取られることなく高校生になった。
幼き頃に憧れた一人暮らし、学校生活、そして友達作り…。
その全てに失敗してしまったのではないかと、アミスは一人考えていた。
(…私っていつもこう…。何をやってもすぐに失敗して…すぐネガティブになって…。でも新しいことを見つけたらポジティブに生きていこうって思って…、でもまたすぐに諦めてネガティブになって…。同じことの繰り返し、変わろうと思っても変えられない。)
アミスは瞳をそっと閉じ、瞼の裏に理想の友達を思い浮かべた。
友達以上の大親友。きっと素敵な子で、どんなことがあろうとも一緒にいる。
楽しいことがあれば笑い、嫌なことがあれば励まし合う。時折、意見が食い違い喧嘩をしても、いつの間にか笑い合っている。
手を繋ぎ、互いの話に花を咲かせながら道を歩く。そんな子を想像していた。
そんな時、パチパチ……と、遠くの方から音が聞こえた。
アミスは思わず目を開け立ち上がる。そしてもう一度、慎重に耳を澄ましてみた。
すると確かにパチパチと僅かな音が聞こえたのだ。彼女は藁にもすがる思いで音の方角に歩き始めた。
木の間を抜け、草を踏みながらアミスは進み続ける。
次第に大きく耳に届くようになった音を聞いているうちに、彼女はその音の正体が分かった気がした。
(……この音…きっと焚き火の音だ…。人がいるかも知れない!)
アミスは無意識に早足になりながら、焚き火の音がする方向へと急いだ。
とにかく誰かに助けを求め、この状況から抜け出さなければ埒が明かない。
草に足を取られながらもアミスは止まることなく進み続けた。
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