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だからいい子にお見送り、なの
昨夜のカルは部屋を飛び出した数分後に戻って来たが、アディールを見失ったと落ち込みながらとぼとぼ歩いて来た姿は、もう哀れすぎるほどだった。
お前はとってこいを失敗した犬か?
カルに思わずそう尋ね返したくなるほど彼の姿は、投げられたボールが見つけられなくて意気消沈した犬状態だったのである。
カルは部屋に入ってくるとドアをしっかりと閉め、暗がりでしかない部屋でも良くわかる、しっかり落ち込んでいる顔を私に向ける。だがその瞬間、その場でしかと固まった。
「やっぱり、君は――」
ばふ。
取ってこいが出来なかった犬として戻って来たから、俺はカルに枕を投げたのではない。カルが俺のイーヴの抱き枕状態を目にした事で、完全に恐慌に陥って、とっても煩く大騒ぎしそうだったからである。
「単なる巻き込まれ事故!!この寝ぼけ大将から助けてよ」
「え、あ、ああ」
カルは素直な仔犬だ。
素直に俺を救いに来た。
さて俺達の状態はというと、横寝で抱き枕を抱く人をイメージして、抱かれている枕が俺ポジションだ。寝ている男の腕の重さは払いのけるには重すぎると初めて知った。俺の肩に頭乗せるなコノヤロウ、である。
「カル。イーヴの腕を私から外せる?この人を起こせる?っていうか、起きて離してくれた方が良いから、乱暴でも動かして――むぎゅ」
カルよ、乱暴にするのはイーヴに対してだ。
どうして俺だけを無理矢理引っ張るかな。
それでもって、どうして俺の身体を抱き締めたまま動かなくなったのかな?
まあね、聞かなくても分かるよ。
俺も以前は男だったし。
好きな女の子の柔らかい体をぎゅっとしちゃったら、しちゃったらだよね。
俺はした事無いけどね。
「――君は明日アディールと一緒に王都に戻るべきだと思う。やっぱり俺と一緒の旅には連れて行けない」
俺は動く手でカルの頭をふわっと撫でた。
よくできました、だよ。
男と一緒の旅に巻き込まれた場合の、女の子の不幸とか、男女間な危険な事故とか色々考えてくれたんだよね、という、俺からの彼へのご褒美だ。
カルは俺の手を感じたそこでびくりと体を震わせ、それからおどおどと言う風に俺に向かって顔をあげた。
頬を真っ赤に染めた彼は、年齢よりもかなり幼く見える。
瞳に憧憬さえ見せているのだから尚更だ。
「カル」
「王都に行ったらヴィヴはその日のうちにバーデットの嫁さんになるけど、いいの?カルは?それがメディアを黙らせる一番の方法なんだけど?」
そう。
狸寝入りどころか、ここぞという時には起きてくるアリクイさんの一言で、俺はカルと旅を続ける選択しか無い事を思い知ったのだ。
マルチエンディングシステムの当ゲームには無かったエンディングで考えもしなかったが、ゲームじゃない世界と考えれば、俺とバーデットの結婚が一番平和的解決を目指せる選択肢なのである。
王族の血を一滴も引かない王位簒奪者から国を救う。
メディアの掲げる大義名分だが、前王の孫娘と結婚した王に王位簒奪者など言えるはずなど無いのである。
そのお姫様を殺そうとした当人が何をかいわんや、だろ?
「君がカルを選んでくれてホッとしてるよ」
眠そうな声と共に俺の両肩に当たり前のように二本の腕がずしっと乗り、腕の持ち主はさらに自分の体重を俺の背に掛ける。
とても親密だが、俺は彼を親密すぎると撥ね退けられない。
俺が国の安寧よりも自分の処女膜を守ったと知っているからな。
俺がバーデットとの結婚を蹴った事で、これからゲームと同じ戦国時代が幕明けるという意味なのである。
無駄死にするだろう人間が存在するってことだ。
「小さな女の子は我慢するんじゃないの」
「じゃあ私から退いてよ」
「いやだ~」
「イーヴ。お姫様の出立だ。それが終わるまではシャキッとしろ」
「ハハハ。ハルがやきもちだあ~。でも俺はヴィヴにもう寒い思いをさせないって決めたからねえ~」
ハルバートは、俺を後ろから抱き締める形で人を立ち枕にしているだけの男を一瞥すると、アディール姫が乗る馬車へと向かい直した。
宿屋の前にはバーデットの紋章がある白と金の豪奢な馬車が止まっている。
ハルバートは最高の笑顔で恭しく十代の姫君を馬車に押し込んだばかりだ。きっと彼女の耳に、素直に王宮に戻る決定をしたご褒美を与えているだろう。
「カルが途中まで御供します」
その通り、カルは私を誘拐した時よりも重装備の騎士の格好となって、白い馬車の影のようにして控えている。
カルは町を出るまでアディールの馬車に付き従う。カルの馬が止まったそこから先は馬車は最高速度を保って戻るようにと、ハルバートは指示を与えていた。
ハルバートこそ姫ご一行を一分一秒でも送り返したい様子だ。
それもそうだろう。
二頭引きの少女趣味全開な白い馬車には、姫と一緒に煌びやかに着飾った侍女二名が乗るが、王女の一行はそれだけではないのだ。
その後ろにも大型の馬車が続き、そこには姫様用の荷物と下働きの小間使い三名が乗っている。さらに彼女達を護衛する警護兵十五名が周りを囲んでいるという団体様なのだ。
もしアディールが帰らなかった場合、ハルバートとイーヴは無駄に目立ち小回りもきかないアディール姫ご一行の盾となり囮になって戦わねばならないだろう。
「とりあえずあなた方無しでここまで無事に来れたのだから、きっと無事に帰ってくれることを祈りましょう。でもいいのよ。あなたかハルバートがアディール姫の警護についても」
「くく。意地悪っ子。ハルが君を気に入るだけあるよ。意地悪女官に心理的嫌がらせ返しもしてるし。あの彼女、次に君に会った時には、君に装飾品が増えて無いか絶対に探すだろうね」
ちく。
右の耳たぶに微かな痛みを感じた。
なんだと思って手を当てると、硬い何かが耳についていた。
イヤーカフ?
俺はそれをそっと手で取る。
帽子付きのどんぐりモチーフの、純金製のイヤーカフだった。
俺が耳にそれを付け直すや、肩には大人の、それも大柄な男の体重が乗って来たが、とりあえずそのままにすることにした。
馬車が発進して見えなくなるだろう、あと十分ぐらいは。
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