暗黒卿が優しいのはヴィヴ以外

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暗黒卿が優しいのはヴィヴ以外

 アディール姫は王都に戻ってくれるそうだ。  カルのレベルが上がって誰をも説得できるスキルを手に入れたからではない。誰をも説得(恐喝?)できる男が動いただけである。  ハルバートしかいないよな、ハハハ。  流れとしてはこうだ。  俺とイーヴの部屋を飛び出したアディール姫は、扉の前にいた彼女の侍女達に一瞬で捕まえられて彼女の部屋へと連れて行かれていた。  そうだよな、アディールは大事な姫様だ。  彼女を次王の妃にと望む侍女達ならば、彼女から目を離すはずはない。そもそも俺とイーヴの部屋にカルとアディールを放り込んでいたのは、アディールの純潔の評判と彼女の恋心の成就のどちらも叶えられるからだ。修道女で恋のライバルの俺を目付に考えるとは、さすが城の侍女は光明な罠だ。  話は戻すが、俺とカルのやり取りで傷ついて泣きじゃくる姫に対し、悪魔卿な奴が姫を慰めるために訪れたのだそうだ。  侍女達よ、君らが招いたその男こそ毒蛇だ、そう言いたいが、あいつは俺にだけは悪魔卿だったな、そういえば。 「アディール姫。男は好奇心の強い生き物です。物珍しさに目を引かれますが、それは一時のものです。メッキが剥がれれば幻滅します。その時に可憐なるあなたを思い出すのです」 「カルと寝食を共にする事で、さらに仲良くなるだけではなくて?」 「カルがあなたを妹としか見なくなってしまったように?」  アディールはハッと息をのむ。  自分の恋心がカルに全く通じない理由、それをハルバートが躊躇なく口にしたからだ。 「しかし、あなたとカルと違い、あれらは、ええ、良き親友、男友達にしかならないでしょうね。あれの中身は男です」 「わ、私だって剣を持てます。男である気持ちで旅をご一緒できますわ」 「あなたも男友達としか見られなくとも良いと?単なる妹と見ている目ならば、あなたが美しき乙女だと気付いた時点で変わるでしょうに」  アディールは可愛らしくぽっと頬を染めたが、下唇を悔しそうに軽く噛んでいた。彼女がカルに望むのが男女間の関係である。ならばと、男友達としか見られない未来と、カルから離れることで自分を妹ではなく女性として見てもらえる可能性を天秤にかけて計算したのだ。  そこで、一緒にいたい、という希望を口に出来なくなったのだろう。  それこそハルバートの誘導であるとも知らないで。  さすが、人の気持ちをいかようにも弄べる暗黒卿。  最後の止めと言う風に、彼は誰もの心を奪える微笑みを顔に浮かべる。 「あなた様はバーディット様の心臓です。いえ、アウローラ王国そのものと言ってよいでしょう。すべての男が夢見るのはあなたです。辛い旅路で汚れ切った体で夢見るのは、同じ埃塗れの仲間の姿ではなく、あなた、です」  ステータスをマックスまで上げてある、本来はチュートリアルでしか使えない最高の騎士様に抗えるキャラなど存在するだろうか。  結果アディールは、カルと一緒に旅する、その選択肢を捨て去った。  俺の、アディールとヴィヴを入れ替える、というシナリオ修正選択肢も無くなった、という事だ。  ちなみに俺がなぜこのやりとりを知っているのかと言えば、翌日の朝、つまり今から数十分前に、アディールの侍女の一人が再現玉という魔術具で俺に見せてくれたからである。  これは親切どころか、(ヴィヴ)への嫌がらせだ。  あなたは男性達からはこんな風にしか見られていないのよと、そいつは俺に伝えて俺を傷つけたかったのだろう。  これは陰険で臆病な女の常套手段なのだ。  自分が悪口を相手に向けては自分に返って来る。そこで、だれだれさんはあなたの悪口を言っていたわ、と伝えて自分に返って来ないようにするのだ。また、伝えられた当人は悪口を言った相手に確かめに行くわけにいかず、鬱々落ちこむことになる。  俺は女として転生して、そんな嫌がらせを女子修道院で散々に目にし、自分自身がやられたことで、前世で自分の知らない間の失敗の理由に気が付いたね。いつの間にか覆される俺の職場での評価。  ああ、あのおばちゃんに俺は嫌われていたからか、と、俺は思い出して納得したよ。  さて、話は戻すが、俺はハルバートとアディールとの会話に傷つけられることは無かった。中の人が俺なのをハルバートに気付かれていたか?と、そっちの方で焦っただけだ。  だがそのせいで俺の表情は少々凍り、それを見咎めた侍女は、すまし顔ながらも意地悪そうに瞳をぎらつかせる。 「そうだったの。ハルが私に煩いくらいに構ってくるのは、彼の目には私が小さな男の子に見えているからなのね。宝石の一つでも強請ったら、ハルの揶揄いから私は解放されるかしら?あなたはどうお考えになって?」  あの侍女はハルバートに恋をしてたんだな。  俺の返しを聞いた時に、俺を殺したいぐらいの睨みを向けて来たからな。  俺に与えたかった不快感の倍ぐらい、俺から不快感を貰ったかな?  あはははーだ。  だが、やっぱムカつく。  (ヴィヴ)は本当の意味(親の愛とかそんな無条件的なってこと)で誰からも気遣って貰えないどころか、運命からも見放されてる、っぽいからな。  (ヴィヴたん)こそアディール以上に大事に扱われるべきだ、俺はそんな風に思っているのだ。うちの娘をよその娘と区別するなああ!というお父さん的な怒りだ。  大体よ、中の人は俺だが、ヴィヴたんはまだ十代の女の子だぞ?  これから土埃に塗れて、擦り傷切り傷作って、怪物や敵兵や、この世の暴力と戦っていかねばならないなんて可哀想すぎるだろ?  俺はそこまで考えて深い溜息を吐いた。  俺もアディール姫と同じ、いやそれ以上の生活を望めるのであるが、俺こそがその生活を昨夜足蹴にしてしまったのだ。  ここが無為に過ごすことが許されない中世世界であれば、そして、俺がヴィヴという前王の孫娘と言う身の上であれば、俺こそその選択肢を事前に考えておくべきだった。  だがまあ、その選択肢を思い出させて選ばせたのが、ハルバートではなくアリクイだったのが笑えるな。  昨夜、アディールを慰め損ねたカルが俺とイーヴの部屋に戻って来たところからその話は始まる。
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