L'istesso tempo(同じ速さで)

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L'istesso tempo(同じ速さで)

 相も変わらず雨が降っている。窓に付いた無数の雫が前触れもなく下に滑って、周りの雫を巻き込んで、さらに加速して窓からフェードアウトする。別の雫が同じように、しかし違ったルートを通ってまたフェードアウト。小さな廃アパートの一室から、一体のロボットがその様子をひたすらに眺めていた。所々色褪せて、雨により酸化した体には、かろうじて小さく「S‐AU56」の文字が見える。これが彼にとって人から唯一貰ったもの、型式番号だった。彼の元の仕事は、自分と同じようなロボットを組み立てる事だった。造られて命令を受けてから、長い事工場で自慢のレーザーさばきと迅速な組み立て技術で貢献してきた彼がお役御免となったのは、三年も前の事である。工場長から最後に下された命令は、「ダンプシティまで行って、壊れるまで好きにしろ」だった。そうして壊れる前にこの町へ来た彼は、こうして静かに暮らしながら湿気かバッテリーの寿命が訪れる時を待ち続けている。 「あぁ、レンズが曇ってきた。拭くものは確か、机の上のはず」 オレンジ色の豆電球の光だけがぼんやりと見え、それ以外は上手く見えない。ゆっくりと進みながら手探りでテーブルの上をまさぐる。何か固い物がぶつかって落ちた音がする。多分花瓶が割れた。まさぐる事暫くして、彼はようやく布巾らしきものを掴んだ。布巾はどうやら先程の花瓶の被害を受けていたらしく、少し湿っていた。結果として余計に視界が悪くなる。いくらか拭いてどうにか取り戻した視界には、自分自身が映っていた。部屋の隅に置かれている金縁の装飾がされた古い姿見。一眼レフカメラのようなレンズの付いた頭に、部屋から集めてきた布をつなぎ合わせて雨除け用に作ったボロボロの服、薄汚れた茶色のブーツ。こうして鏡を見る度に錆が以前より広がったのが分かる。布巾をテーブルに置き、改めて姿見の前に立つ。腕を曲げたり、手を振って、 「…やぁ!こんにちは。私は型式番号S‐AU56といいます。サウと呼んでください。それから、貴方さえ良ければ私と友達になってくれませんか」 右手を差し出して、そんな事を言ってみる。いつしかこうやって姿見に向かって喋りかけるようになっていた。彼の様に壊れないまま此処にくるロボットはまず居ない。大半はもう既に壊れてしまった物だけが、時たま大きな無人トラックの荷台に乗せられて町はずれのゴミ捨て場へ持っていかれる。一生懸命考え出したあだ名も、呼んでくれる人は誰一人いない。彼の架空の友達へのお喋りは、コンクリートが露出したレンガ柄の壁紙にすいこまれて消えていった。壁に掛かっている時計がギチギチと歯車を鳴らして十四時の訪れを告げる。時計はとうに壊れて正しい時間を示しはしないが、動いてるだけで目安にはなりえた。 「そろそろ出よう」
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