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その後は生ビールを片手に黒瀬の話を聞いた。
話を要約すれば、黒瀬は業務効率化を目的としたITツールを製作・販売する新企業を興したいのだという。販売方法や宣伝方法については独自の構想があるようだが、そこは専門的な話になってしまうので割愛。
しかし黒瀬の口から語られる新企業の構想は、俺の冒険心を刺激するに十分な内容であった。
「ふわぁ、面白そう。でも俺、今の会社を辞める勇気はないよ」
「止めなくていいんだ。赤根の会社も俺の会社も、申請さえ通せば副業が認められる。新会社の経営が軌道に乗るまでは2足の草鞋を履くことになるから、大変な話ではあるがな」
副業に関する規則など気にかけたこともなかった。会社の規則上問題が生じないのなら、俺には黒瀬の誘いを断る理由はない。
「例えばこうやって酒なんか飲みながら、黒瀬と仕事ができるってことだよね。最っ高」
「そうだろう。赤根が乗ってくれるのなら、前向きに話を進めようじゃないか。手始めにウチに引っ越して来れるか?」
「ん、黒瀬の家に? 何で?」
「その方が色々と都合がいいだろう。日中は今まで通り会社に行くんだから、新会社に関わる仕事はどうしたって夜になる。毎日俺の家に寄るのは手間だろう? 一緒に住んでいた方が時間の融通は利く」
黒瀬の言うことはもっともだ。別々の家に暮らしていたのでは、仕事のある平日にまとまった会話時間を確保することは難しい。休日の予定を合わせることも面倒だ。
同じ家で暮らしていれば、食事時間に新会社に関する話をすることもできるし、家事や買い出しを分担すれば作業時間は増える。今の会社を辞さずに起業を目指すとすれば、これ以上理想的な方法はないだろう。
そうであることは理解できるが――
「ごめん……同居はちょっと、できないかな」
俺が断ることは想定外だったのだろう。黒瀬は驚いた顔をした。
「なぜだ? まさか結婚でも考えているのか? そういえば長いこと付き合っている彼女がいるんだったか」
「いや、その彼女とは少し前に別れたんだ。別れて今は別の人と付き合っていて、その相手ってのが――……」
俺は大きく息を吸い込んだ。
「お、男の人なんだよ。だから黒瀬との同居はまずいかなって。男同士で付き合っているということは、男も恋敵になるわけじゃん? だからその……上手く言えないんだけどさ」
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