13話 彼がNOと言えない理由

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 その場しのぎの冗談などではない。律希はずっと春臣が好きだった。新入社員時代、春臣に仕事を教わるうちに、その穏やかな人柄に好意を抱いた。    春臣への好意を自覚した後も、告白はしなかった。美緒の存在があったからだ。彼女がいる男性に告白したところで、受け入れてもらえる可能性は万にひとつもなかったから。  だから日々膨れ上がる気持ちを必死で抑え込んでいた――あの夜までは。    黒瀬は少し気まずそうな顔をしたが、声の調子は変えずに続けた。   「ああ……そうなのか。そりゃ誤解していて悪かったな。だがしつこく迫って赤根を恋人にしたことには違いがないんだろ?」 「しつこくって……春臣さんがそう言ったんですか?」 「いや、赤根の話を聞いて俺がそうだろうなと思っただけ。赤根は頼まれたらNOとは言えない性格だからな」  黒瀬の指摘が真実であるだけに、律希は居心地の悪さを感じた。   「……多少強引に迫ったことは認めます。でも俺、春臣さんを脅すような真似はしていませんから。何度も繰り返し『付き合ってほしい』と伝えただけ」 「ふぅん……じゃあ赤根と別れるつもりはない?」  この質問には、律希はきっぱりと答えた。   「ありません」    2人きりの会議室にはしばし沈黙が落ちた。律希は唇を引き結んだまま黒瀬を見据え、黒瀬もまた無言のまま律希を見つめ返す。永遠とも思われる時間だ。    唐突に黒瀬は語り出した。   「大学生の頃に赤根から聞いた話なんだけどさ。赤根の両親、赤根が中学生の頃に離婚してんだよ。この話、聞いたことあるか?」 「いえ……」 「両親が離婚したらさ、子どもはどっちに付いていくかって話になるじゃん。赤根は自分の意志で父親と暮らすことを選んだんだって。中学生といえば思春期真っ盛りだろ。母親よりも父親を選ぶ気持ちはわからないでもない」 「それは、そうですね」    この話は一体どこへと向かうのだろう。疑問を感じながらも、律希は黒瀬の語りに耳を澄ませる。
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