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「でも赤根の母親はさ、赤根が当然自分の方にくるもんだと思ってたらしいんだよ。赤根が父親の方に行ったことで、精神を病んじまったみたいでさ。毎日のように『一緒に暮らそう』とメールが来て、ひどいときには朝も夜も関係なしに電話が鳴りっぱなしだったんだって。赤根は母親を避け始めた。メールも電話も無視した。面会交流にも応じなかった。そうしたらある時、母親が自宅で死んでいると警察から連絡があった」
律希は息を呑んだ。
「……まさか自殺ですか?」
「そう、病院で処方された睡眠薬を大量に飲んだらしい。明らかな自殺さ」
「そう……ですか」
律希は春臣から家族の話を聞いた経験がない。両親がどこに住んでいるのだとか、兄弟が何人いるのだとか、そんなささいな話さえもだ。
もしかしたら春臣自身が家族に関する話題を避けていたのかもしれない。つらい記憶にふたをしたいがために。
黒瀬は苛立った口調で話を続けた。
「なんかしんみりと聞いてるけどさ。俺が何でこんな話をしたかわかってる? 赤根は、母親が自分のせいで自殺したと思ってんだよ。母親ではなく父親と暮らす『決断をした』から、一緒に暮らそうという母親の『頼みを断った』から。あいつにとって『決断すること』と『断ること』は、誰かを不幸にするってことなんだ」
「……あ」
――俺を頼ってくれる人がいるのに、断るのも悪いだろ……俺がNOと言えば誰かが不幸になるんだ……。
いつかの春臣の言葉が、律希の脳裏にありありと思い出された。あの言葉は冗談などではなかったのだ。
春臣は頼まれた仕事を断れない。飲み会の店すら1人では決められない。決断と拒絶を恐れている。母親を死なせてしまった過去ゆえに。
――春臣さんが頼まれた仕事を断ったり、乾杯の酒を辞退したりすると、誰かに迷惑がかかるんですか?
――そういう事もあるかもしれないでしょ。
「強引に迫れば赤根と付き合えると思っただろ。何度も繰り返し『付き合ってほしい』と伝えたと、さっき自分で言ってたもんな。それ最悪。赤根が断れるわけねぇじゃん」
「お、俺は――」
声が震えた。黒瀬は律希の困惑を見逃さなかった。
「白浜律希。お前は他人のトラウマを利用して願望を叶えようとする最低野郎だ」
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