130人が本棚に入れています
本棚に追加
/49ページ
14話 早すぎるお別れ
俺は大急ぎで帰り支度を済ませると、挨拶もそこそこに事務室を飛び出した。
時刻は終業時刻を大幅に回っている。本当は定時で上がりたかったのだが、今日中に片付けなければならない仕事があったのだ。
それでも今日は律希と一緒に帰ることができる。「今日は遅くなるから先に帰っていいよ」と連絡を入れたところ、「じゃあ俺も少し残業します」と返事が帰ってきたのだ。
律希と一緒に帰れると、ただそれだけのことで浮かれている自分がいる。
律希は社ビルの前に置かれたベンチに腰かけていた。赤らみ始めた太陽の光が、律希のモカブラウンの髪を照らしている。
「ごめん、遅くなった。結構待った?」
「いえ、少し前に来たところですよ」
俺と律希は肩を並べて歩き出す。黄昏の風が吹き抜けていく。
その日の話題はもっぱら俺の仕事に関すること。今日の午前中、情報システム部門に壮太がやって来た。なんでも会議資料の元データが行方不明になってしまったのだという。会議時間は迫っているというのに、どこのフォルダを探してもデータは見つからない。それで困り果てて俺の元を訪れたのだ。
「結局データはすぐに見つかったんだ。保存するときに、間違ってファイル名を変えちゃってたみたい。ソフトの履歴を辿れば一発だったんだけど、焦った壮太はそこまで思い至らなかったみたいで――律希、聞いてる?」
俺は歩みを止め、律希の顔を覗き込んだ。律希もまた歩みを止めた。
「……すみません、聞いていませんでした」
「ボーっとしてんの珍しいね。仕事で何かあった?」
俺は優しく問いかけるが、律希は何も語らずに、道の先にある小さな公園を指さした。
「ちょっと寄り道しませんか」
「……いいけど」
他人には聞かれたくないような話なのだろうか。俺は突然の提案を不思議に思いながらも、律希の背に続きその小さな公園を目指した。
***
最初のコメントを投稿しよう!