15話 走り続けて3か月

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15話 走り続けて3か月

 うだるような暑さは和らぎ、辺りには秋の匂いを感じ始めた。    律希から「恋人関係をなかったことにしてほしい」と告げられてから3か月が経った。けれどもときどき「本当にまだ3か月しか経っていないのか?」と思う瞬間がある。  というのも、この3か月の間に俺の生活環境が一変してしまったからだ。    律希とのお別れから1か月後には、俺は会社に副業申請を行った。拍子抜けするくらい簡単に承認は下りた。「本業をおろそかにしないこと」、「確定申告を適切に行うこと」この2点さえ守られていれば、会社の側で副業を制限することはないらしい。  時代の流れだなぁ、と感じてしまう。    そのさらに1か月後には、俺は黒瀬の家へ引っ越した。  会社の承認が下りたのだとしても、すぐさま起業の申請を行えるわけではない。事業計画書を作成したり、実印や定款を作成したりと、登記申請の前にすべきことは山のようにある。本業をおろそかにせず企業を目指すのならば、一緒に暮らすことが最も効率的なのだ。  律希との恋人関係を解消した俺には、黒瀬との同居を拒む理由もない。    そうしてがむしゃらに走り続けることさらに1か月。   「登記申請おっつかれ~! 乾杯ッ!」    俺のかけ声で2つのグラスがぶつかり合う。ちゃぶ台の上には手作りのつまみと、スーパーでまとめ買いした大量の缶ビール。  ちゃぶ台を囲んだ俺と黒瀬は、キンキンに冷えたビールを一息で飲み干す。美味い。   「ついにここまで来たな。あとは登記登録が無事に完了すれば、俺は晴れて社長だ」 「黒瀬が社長かぁ。どうせならもっと社長っぽい見た目にしない? 鼻ヒゲ伸ばして、葉巻なんかスパスパ吸っちゃってさ」 「お前は社長を何だと思ってるんだ?」    俺と黒瀬は今日一日仕事を休み、電車で法務局へと赴いた。新企業の登記申請を行うためだ。  全ての書類の審査が済み、法務局から登記事項証明書が発行されて初めて、俺たちの会社はひとつの会社として世に認められることとなる。今まで以上に忙しくなるだろう。  空いたグラスに缶ビールを注ぎながら俺は言う。   「本当、黒瀬には感謝だよなぁ。俺1人なら起業なんて考えもしなかったよ。黒瀬が偶然うちに赴任してこなかったら、俺は今もポンコツ社員のままだったんだろうな」
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