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ついでに黒瀬の分のグラスにもビールを注ぎ、空になった缶はちゃぶ台の隅へ。
真っ白なビール泡を一口すすり、黒瀬はさらりと言った。
「偶然じゃなかった、と言ったらどうする?」
「ん?」
「赤根の会社にウチのシステムを売り込んだのは俺だよ。システムの保守管理には元々別の社員が派遣される予定だったんだが、無理を言って代わってもらったんだ」
明らかになる意外な事実に、俺は目をまたたいた。
「……そうだったの? 何でそこまでしてうちの会社に来たかったの?」
「赤根に起業を持ちかけるためさ。俺はずっと、赤根と一緒に働きたかったんだ。同じ企業に就職することも考えたが、それだと部署異動や転勤は避けられない。互いに別々の企業で経験を積んで、新会社を興すのが一番だと考えたんだ。俺と赤根だけの会社をさ」
つまり黒瀬は俺と再会したことで起業を思い起こしたのではなく、端から企業を持ちかけるために俺に会いに来たのだということだ。
「うへぇ……なんか照れんね。そこまで言われると結構本気で恥ずかしいわ……」
俺はビール泡をちびりとすすり、それから手製のつまみに手を伸ばした。
黒瀬の隣は居心地がいい。黒瀬も同じように感じてくれているのだとすれば、それはこの上なく嬉しいことだ。
「赤根は今、付き合っている人はいるのか?」
黒瀬がそんな質問を口にしたのは、ちゃぶ台上のつまみが大方なくなった頃だ。俺はビールをたっぷりと飲んでほろ酔い気分。
「いないよ。恋する暇なんかないだろ。律希と別れた後は、起業準備に付きっきりだったんだから」
「ふぅん……ちょっと下衆な質問をしてもいいか?」
「いいよ。回答は保証しないけど」
黒瀬の顔が近づいて来る。
「白浜とはどっちがどっちだったんだ」
「どっち……って何が?」
「セックスのときの話。どっちが突っ込まれる側だった?」
黒瀬の両目はわざとらしく細められ、唇はにんまりと弧を描いている。ザ・悪い男の顔だ。
俺はひぇぇと悲鳴をあげ、乙女のように両肩を抱きかかえるのである。
「想像以上に下衆い! 最低! 人でなし!」
「気になるのが普通だろ。彼女と仲良くやってたはずの赤根から、いきなり『今は男と付き合ってる』なんて言われたらさ。で、赤根はどっちだったわけ?」
黒瀬はじりじりと距離を詰めてくる。アルコールを含んだ吐息が顔にかかる。酔っぱらった黒瀬をいなすことは困難、俺はついに観念した。
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