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「春臣さん⁉ 何してるんですか、こんな時間にこんな所で」
開け放った窓から顔を覗かせ、律希は驚愕の表情だ。寝癖のついた髪に半袖パジャマ。まるで少年のような姿だ。
「突然ごめんね。急に顔を見たくなっちゃってさ……」
「俺の顔ですか? こんな夜中に?」
驚愕の表情から一変し、律希は困惑の表情である。
そりゃそうだ。職場の先輩が夜中にいきなり押しかけてきたら誰だって困惑する。その人物が数か月前に別れを告げたばかりの恋人ならば尚更だ。
律希を前にして、俺は次に言うべき言葉を探す。
勢いだけで家を飛び出してきた。深く考えずに律希の部屋の窓を叩いた。運良く律希に気付いてもらうことはできたけれど、これからどうすればいいのだろう? 伝えるべき言葉もわからないままなのに。
律希は窓から身を乗り出し、俺の方へと手を伸ばした。
「春臣さん、何でそんな薄着なんですか。風邪引いちゃいますよ……」
指先が頬に触れた。暖かな手だ。夜風に冷えた身体では火傷してしまいそう。
胸の奥底に湧き上がる想いがあった。一度気付いてしまえばその想いは留まるところを知らない。膨れ上がり、どう足掻いても抑え込むことはできず、のどの奥から溢れ出す。
「俺、律希のこと好きだぁ……」
リーンリーンと賑やかに鳴く鈴虫たち。お願いだから、少しだけ静かにしていてくれないだろうか。
俺は律希の顔を見ることができなかった。真夜中に寮部屋まで押しかけて突然の告白。重てぇ、と自嘲の笑みが零れてしまう。
「……春臣さん、あの」
「ごめん。今更こんなこと言われても困るよな。別にヨリを戻したいとかそういう話じゃないから。じゃあ俺、帰るね……」
俺は律希に背を向け、トボトボと歩き出す。今更好きだと伝えたところで想いが叶うはずもなし。俺は一度律希に振られているのだから。
ドスン、と鈍い音がした。驚いて振り返って見れば、植え込みに律希が落ちていた。窓から外に出ようとして、窓枠に足を引っかけたようである。
土の地面に突っ伏した体勢のまま、律希は叫ぶ。
「俺は、入社直後から春臣さんのことが大好きです!」
「……へ? だって律希の方から別れようって――」
「春臣さんに無理をさせてるんじゃないかと不安になったんです。俺、かなり強引な迫り方をしたじゃないですか」
「俺が断るの、苦手だから? いやいやさすがの俺も本気で嫌なら断るよ。そこまでポンコツじゃないってば」
俺は植え込みに歩み寄ると、律希を助け起こそうと手を伸ばした。律希はためらことなく俺の手を握り締める。
熱い、もっと触れていたい。その欲望を押し込める理由が今の俺たちにはない。
「手、冷えてますね。上がっていきます?」
「……そーだね。上がってこっかな」
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