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「僕の記憶ですが」 「何?」 「七瀬さんは、クリスマスが好きだって言っていましたよね。ジングルベルを聞くとワクワクするから」 「でも、うちにサンタクロースが来たことはなかったなあ。だからずっとジングルベルを聞いてワクワクするしかなかったんだと思う。子供って、何かと期待しちゃう生き物だから」  それは子供だけじゃなくて、あらゆる人間の性だろう。僕らは常に期待している。だから望みが叶わないとき、失望する。 「もうね、僕はこれ以上期待したくないんですよ」  ジンハイボールのせいなのか、わずかな苛立ちと、膨れ上がる酔いが混ざり合って、僕は自分の感情が抑えられなくなる。十年分の積み重ねとは恐ろしいと実感する頃には、すでに「一緒になりましょう」と言っていた。 「え?」  明らかに驚く七瀬さんを見て、僕も驚いてしまった。 「え?」 「いや、あなたが驚いてどうするのよ」  苦笑する七瀬さんを見て、僕は嬉しくなってしまう。せっかく覚めた熱がぐんぐん燃え盛っていく。だけど、鎮火させるほど僕も臆病じゃない。それに、ここで再び手を離してしまったら、二度と七瀬さんに会えない気がした。 「七瀬さん、これからは一緒に生きましょうよ。過去は過去ですよ。もう、どうだっていいじゃないですか。神か仏か知りませんが、僕らは未来を生きるために再会したんですよ。導かれたんですよ。七瀬さんが僕に会いたいって気持ちも、居酒屋に誘った行動も、全部僕と一緒にいる未来を期待したんでしょう? もうまどろっこしいことは止めて、一緒になりましょう。お互い、期待ばかりじゃ疲れますよ。もう僕らはたっぷりと時間を使って後悔をしたわけです。ならいいじゃないですか、一緒になったって。ねえ、そう思いませんか?」  ジンハイボールにまみれた喉で発する声は力が漲っていて、感情を爆発させても酒のおかげで恥ずかしさすらなかった。終始圧倒されていた七瀬さんだったが、しばらくしてようやく僕の言葉を飲み込めたようで、気がつくとおいおい泣きながら「もう期待しなくていいんだね」と言っていた。 「そうですよ。もう期待しなくていいんですよ」  僕はもう一杯酒が欲しくなって、またジンハイボールを注文した。 「それ、美味しいの?」 「はい。さっぱりしていて、飲み応えがありますよ」 「じゃあ、私もそれにする」  そして、七瀬さんも僕と同じものを頼んだ。そして二人はカラカラとグラスの中で氷が踊っているジンハイボールを片手に、「久々に再会に、そして永遠の関係に乾杯!」と言ってグラスを突き合わせ、二人して一気に飲み干した。
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