夢三夜

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 夢を見た。目を背けたくなるような、春の色をした夢だった。  うつらうつらしていると、臍の下にヒヤリと何かが過ぎる。そこへ目を凝らすと艶やかに長い黒髪。下腹部を這う、蠢く女性の頭部。それを掴み引き剥がすと、竹が石を打つのような懐かしい声が響いた。 ──玄! 玄瑞! お互い入学おめでとさん。ほんま腐れ縁も極まれりやな。  外部への大学受験に失敗したことに触れず、変わらない日常の言葉を投げかけてくる大樹。仏教系の中高一貫校で、気付けばずっと側にいた友人だった。  厳密に言えば、俺の家が寺なわけではない。両親、特に父は難関と呼ばれる中学への進学を望んでいた。けれど叶わず。親からの失望を扶養土に、俺の思考は形成された。けれど大樹は違った。家の寺を継ぐのだと、周りの期待に応え覚悟を決め、清らかにいきいきと眩しかった。 ──ちょお聞いてや。さっき生協に教科書買いに行ったんやけど、めっさ可愛い子おってん。どしたらええ思う?   ──知らんわ。 ──そやかて自分彼女途切れへんやん。どうしたらええん。顔か? 顔なんか? くそーええなぁ、イケメンは。 ──そら、おおきに。 ──褒めてんちゃうわ。  それからは、会うたび大樹の相談に乗る羽目となった。 ──毎度毎度、いい加減にせえや。 ──ちゃうねん、玄が仲良おしてる女の子があの可愛い子と一緒におんのん見てん。なんかみんなで遊びに行くかたちにして誘てえや。 ──あり得んわ。めんどいだけやん。俺に何のメリットあんねん。 ──阿弥陀さん見てはるわ。極楽行けんちゃう?  ──そもそも俺は天台や。お宅の真宗と違おて、西方極楽にお浄土は無いんやで。  言いあいをしながら、結局手助けすることとなった。当時の俺は相手からの好意をいい事にかなり自分勝手な付き合いをしていた。その女友達の伝手を辿り、大樹の思い人である沙羅と会う場を設けた。あることないこと俺の噂話を聞いていたのだろう。はじめましての言葉から沙羅の態度は頑なだった。  でもきっと、それで良かった、それが良かった。  色を持たない透き通った素肌に、端正な面差しを艶やかな黒髪が縁取る沙羅。湿り気を帯びた耳障りな女友達と違い、涼やかで落ち着いた口調の沙羅も眩しい存在だった。  儚く散る夢見草とも言われる桜が落ちる頃には、沙羅は真っ当な選択眼で正しく大樹を選んでいた。 ──やっと付き合えるようになってん。  とかつての友人の破顔した笑顔がよぎる。  一度として許されたことのない距離で、上目がちに見つめてくる沙羅に劣情を刺激されながら、けれどどこかでこれは夢だと確信していた。あれから機能しなくなっていたものが反応し、夢に耽りたい欲に駆られる。そのどこか醒めながら見る夢の、抗いきれない快楽への無駄な抵抗の果て、噛みちぎった俺の先を咥え、血濡れた彼女が微笑む。  驚き目を見張ると、視界は闇に還り、黒ずんだ天井の木目だけを映していた。  
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