1人が本棚に入れています
本棚に追加
約束
大学の敷地から付属高校へと繋がる道で、逸人はふと足を止めた。
今日は特に日差しが強く、ただ立っているだけでも体力が奪われる。
湿度も高いようで、纏わりつくような暑さのせいか、肩にかけたバッグがいつもより重く感じた。
逸人は、なんとはなしに空を見上げる。
───なんで、自分はここに来たんだったか。
逸人の足は、大学附属の高等部校舎がある方へ向いている。
大学一年の逸人にとって、高等部なんて何の用もない場所のはずなのに。
いつの間にかこんな場所まで歩いて来てしまうなんて、暑さでぼーっとし過ぎているんだろうか。
逸人は肩のバッグをかけなおして、大学の建物がある方へ戻ろうと体の向きを変える。
だが何かが思考の隅に引っかかって、すぐに足を止めた。
「─────あ。」
しばらく考え込んだ逸人は、不意にあることを思い出し、ズボンのポケットの中に手を入れた。指先に触れた紙片を取り出し、半分に折られたそれを開いて目を通す。
そこで逸人はようやく、自分がここまで来た理由を理解した。
ノートの端を適当にちぎった紙片に、急いで書いたような雑な文字が走ったメモ。
7月14日 昼休み
菜園で約束
自分の字のあまりの下手さに辟易するが、それよりも、このメモにはもっと別の問題があった。
逸人は困惑の溜息を吐く。
ここに書かれた文字は、間違いなく逸人自身のものだ。嫌という程見慣れた自分の筆跡。
だが何度読み返しても、自分がこれをいつ書いたのか、いつからポケットに入っていたのか、全く思い出せなかったのだ。
昼休み、菜園で約束───
誰と、何を約束したのかは書かれていない。約束をした記憶もない。
だが日付ははっきり書かれているし、約束と書かれているからには、その"相手"がいるはずだ。
覚えがなくとも、約束の場所へ行けば何か分かるかもしれない。
逸人はメモを元通り折って、ズボンのポケットに仕舞った。
最初のコメントを投稿しよう!