塩のケーキに神対応

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 翌日二人は、家を出た。砂月の運転する外車で、映画館の駐車場へと向かい、評判の恋愛映画を見た。正直二人とも、同じ時間に上映されていたサイコホラー映画の方に興味があったが、言い出す事はしない。『らしくない』からだ。  美貌の二人が並んで恋愛映画を見ている姿に、周囲から視線が飛ぶ。  香織は別に無感動だったが、感極まったかのように涙腺を緩めた。それを見た砂月は、香織の手に己の手を重ねた。  上映後、二人の間でスパイス専門店の話題が出る事は無く、フレンチ店でラムを味わいながら、恋愛映画の感想を語った。 「泣いている君が綺麗で、俺は集中できなかった。手を握らずにはいられなかった」 「……嬉しかった」  頬を染めて見せた香織を眺めて、砂月は内心では『くだらない』と思っていた。人生で恋をリアルに感じたのは、香織との出会いの場だけであり、それ以外の虚構には興味が無いからだ。だが、もっと香織の泣き顔は見ていたいので、今度は『泣ける!』という映画を選択しようと考える。香織の泣き顔は麗しい。ウソ泣きか否かに、砂月が着眼した事は一度も無かった。  なお今日はもう一つ予定がある。別れさせ屋との遭遇を仕込んであるのだ。約束の地は、ショッピングモールだ。 「香織。少し花を買いたいから、この後は買い物に行きたい」 「ついていきます」  疑う様子一つなく、香織は頷いた。  しかしながら脳裏では、首を傾げそうになっていた。砂月は定期的に、花を香織に贈る。だがそれは単なるプレゼントや気配りだと思っていたが、砂月は花が好きなのだろうか? 「どんな花を買うの?」 「君に似合う花がいいな」  再び香織は頬を染めた。本音としては、『その調子でもっと私に気を遣え』と思っていた。砂月の脳裏を自分で占めさせたい。  こうして食後、二人は花屋が入るショッピングモールへと向かった。 「あれ? 橘内さん?」  すると予定通り別れさせ屋が、顔なじみの宅配業者の素振りで顔を出した。  知らんぷりで砂月が歩みを止め、そちらを見る。 「橘内さんですよね? あ、俺、宅配業者の遠藤です」  直接会うのは依頼した日以来だなと思いながら、砂月はチラリと香織に視線を向ける。 「砂月さんの知り合い?」  その結果、まさかの返答が来た。砂月と遠藤の両者が硬直しかかったが、どちらも顔には出さない。なお香織は、純粋に砂月にしか興味が無いため、本当に遠藤の顔を記憶していないが、砂月と遠藤には、それが分からない。 「宅配業者、か……会社で直接受け取るのは、俺ではないから、俺は存じ上げないが」  砂月はすっとぼけた。遠藤は泣きたくなったが、堪える。 「ほ、ほら! 昨日も珈琲をごちそうになったじゃありませんか!」  遠藤は踏ん張った。砂月に偽装報告していたと思われたくなかったからだ。それを聞いた香織は目を丸くした。 「ああ、昨日、砂月さんへの荷物を届けて下さった宅配便の方!」 「そうです、そうです。何度もお邪魔させて頂いて、お茶までご馳走になって、すみません」 「ええと砂月さん、こちらは、宅配便の業者の方なんだよ」 「――香織がいつもお世話になっております」  卒なく対応しながらも、砂月はモヤモヤした気分になっていた。明日は記念すべき十回目として、ついに遠藤に香織を抱きしめさせて、盗撮するという一大イベントがあるのだが、この親密度で可能なのだろうか。 「それでは! 俺は失礼しますね!」  遠藤は引き際を見極める事に長けた男だ。見送った砂月は、しらっとした気分だった。その横顔をちらりと見て、香織は考える。  ――失敗したな、利用すればよかった、と。宅配便の業者を利用して、砂月を嫉妬させるという美味しいシチュエーションを逃した事を悟ったのだ。嫉妬されてみたい、砂月に。もっともっと砂月の独占欲を感じたい。 「あのね、砂月さん。あの方……たまに私を生々しい目で見る気がして……自意識過剰かもしれないけど」  嫉妬させる方向に転換した香織の言葉は、別の意味で砂月の心を抉った。プロの別れさせ屋を名乗っていたくせに、演技が露見している疑惑が持ち上がった。折角楽しみにしていたというのに、これでは香織の弱みが握れないかもしれない。 「香織は美人だからな、変な人間も多いし気をつけた方がいい。本当は俺がずっとそばにいて守りたい」  香織が儚く微笑んだ。砂月は真面目な顔を取り繕っていたが、内心で遠藤の評価を著しく下げていたのだった。
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