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前髪の君
番外編
前髪を切った。
引っ越した初日の夜、累がベッドで話した事が陰キャの俺を突き動かしたと言っても良い。
「ずっとこの前髪で隠してる目が綺麗で、もっと近くで見たくてたまらなかった。」
あの累にそう言われたんだ。どんなイケメンでもそうそう累には敵わない。そんな男から、あんな事を言われたら、誰だってちょっと良い気になるってもんだ。
美容室でモサモサの髪をサッパリカットした。
襟足はスースーするし、視界は今までになく良好だ。
「どうして今まで切らなかったの?」
「いやぁ…」
「何かあった?あんなに切った方が良いって勧めてたのに、頑なに断ってたじゃん」
美容師の北さんはニヤニヤしながら「女だ」と鏡越しに呟いた。
俺は心の中で「男です」と返事しながら、苦笑いした。
「か、会社で注意されちゃって」
「あぁ…なぁんだ。でも、絶対これでモテるようになるよ〜。今までもミステリアスな雰囲気で良かったけど、やっぱ顔が隠れてちゃ勿体無いからね!こんな可愛い顔してんだから!彼女出来たら是非お店連れて来て、紹介宜しくお願いします!」
ふざけるように敬礼する北さんに「勿論です」と適当な返事を返した。
今日は休日。
まだ住み始めてから間もない累の家には、俺が必要な物は生活をしながら揃えているといった感じで、休みの度にブラブラ買い物に出ている。
基本的に累とは生活リズムが真逆なので、あまり一緒に行動する事はない。
累はホストを辞めると言ったんだけど、苺さんが困るに違いないと思ってやんわり引き留めた。
勿論仕事とはいえ、女に良い顔をしてるのは引っかからないわけじゃない。
ただ…あれだけ毎日好きだと言われたら、安心するというもんだ。
何より、九年という歳月の間でさえ、累は俺と出会う事を夢見ていたのだと思うと、胸が熱くなった。
そんな累から目が綺麗だなんて言われたんだもん。殆ど引きこもりに近い俺が、こうして身なりを整えてもおかしな話じゃないのだ。
路面店のショーウインドーに反射して映る自分の姿を見て、前髪を摘み上げ、チョイチョイと風に乱れた髪を直す。
累はどんな反応をするだろう…。
俺の会社からほど近い累のマンションに着いた。
カードキーで玄関を開けると、バスルームからシャワーの音が微かに漏れ聞こえていた。
壁の時計に目をやると、時間は5時だった。
今日は早起きだな…。
買い物したシーズン外れの安いポインセチアを出窓に飾る。
「クリスマスとか会わなかったからなぁ。」
秋に再会して、無理に会わなかった期間なんかを入れると、随分と無駄な時間が多い二人だと苦笑いしてしまう。
ポインセチアの葉を撫でながら、来年は二人でイルミネーションなんか見に行って、帰りにケーキを買うのも良いな、なんて思うと、今度はついニヤニヤしてしまった。
コートを脱いで、ハンガーにかけているところへ、シャワーを済ませた累が部屋に戻ってきた。
バスタオルを腰に巻いて、綺麗な金髪からポタポタと水滴を垂らし、まっすぐ冷蔵庫に向かう。
「おかえりぃ」
のんびりした声と同時にプルタブが引かれる音がした。
「ただいま。累、仕事前から飲むの?」
ハンガーにかけたコートをラックに吊るしながら振り返ると、後ろで累がビールの缶を今にも落としそうに呆然とした顔で俺をみていた。
「なっなんだよっ」
俺の問いかけに累は缶を持った手とは別の手で自分の口を覆った。そしてフイと視線を逸らされる。
「ちょっ…累?何?俺何かした?」
俺は累に歩み寄り、逸らされた顔を振り返らせるように肩に手をかけた。
「ぅっわ!」
累は俺の顔を間近で見るなり真っ赤になり、持っていた缶ビールをフローリングにゴトンと落とした。
「わぁっ!何やってんだよっ!」
「わっ悪いっ!」
ほぼ同時にしゃがみ込み、近くにあったタオルで缶から流れるビールを拭こうとした瞬間だった。
ゴチッ!と音を立てて累と額をぶつけ合ってしまう。思わず涙ぐんだ声が漏れる。
「イッ…たぁ〜……」
ギュッと目を閉じた俺の腕を掴んで心配そうに声をかけてくる累。
「だっ大丈夫か?」
俺は額を撫で、そっと片目を開きながら呟いた。
「累ぃ…変だよ?何かあった?」
すると累はまた頰を赤くして顔を逸らし、小さく呟いた。
「か、髪…どうしたんだよ」
「髪?…あぁ…これ?ビックリした?かなり短く切ったんだけど…どうかな?」
累はゆっくり俺を見つめ直す。
左目の下に二つ並んだ涙ぼくろがある方にコテンと頭を寝かし言った。
「すげぇ…似合ってる…可愛過ぎてヤバい」
「なっ!!何?も、もしかしてそれで様子が変とか言わないよね?」
「…やべぇ…直視できねぇ」
累の言葉にバクバクと心臓が高鳴りだす。
「な、何言ってんだよ…こっちが恥ずかしいから普通にしろよ…てかそんな裸にバスタオル一枚じゃ風邪ひいちゃうだろ!早く着替っ…る、累?」
累が突然俺を抱きしめるもんだからバランスを崩してフローリングに尻餅をついてしまう。
そこに容赦なくノシノシと乗り上げて来るほぼ全裸の男。
「ちょっ、ちょっと累っ!髪拭いてないから冷たいよっ!」
パタパタと頰に水滴。累の毛先からだ。それが目を細めたくなるほどの艶っぽさで、ついでにバランス良く作り上げられた身体がいやらしく視界を埋める。
「普通にしろって言うから」
累の呟きに思わず眉間に皺が寄る。
「普通とこの体勢はどんな関係があるってんだよ」
「いつも通り、陽海を抱きたくて」
「いやいやいやっ!違うだろっ!」
「違わないだろ…そんなイメチェン聞いてないし…どうすんの?俺以外から迫られたら」
そう言いながら首筋に顔を埋めて来る。
「ンッ…るっ累っ…」
首の皮膚に熱い舌が触れて、唇で甘噛みされる。しまいにはキスマークをつけるようにキュッとそこが引き攣れた。
「…したい…そんな俺を誘う目して…逃がさねぇよ」
累が俺の服を一枚一枚、脱がしていく。
「仕事っ…行かなきゃ…だろっ!…累っ!」
キッと下から睨みつけると、累はまたみるみる赤くなりガクンと項垂れた。
「はぁ〜…ヤッバイ…マジ可愛い…なんで前髪切っちゃうかなぁ…心配で仕事行けねぇ…休む」
俺は思わず苦笑いした。
「心配しなくても俺なんて誰も相手しないよ。もう今日は家から出ないしね。だから仕事は行けよな」
半ば呆れながら呟くと、俺の顔の横についていた腕をグンと伸ばして累は言った。
「おまえは自分の事分かってなさ過ぎ。悪い虫が寄ってくるって言ってんだろ。」
俺はギュッと唇を噛んで、そこから脱力した。
「累くらいだよ、そんな事考えてるの…でも、そんなに喜んで貰えて良かった…今から準備してちゃ間に合わないから…口でしてあげる」
胸元に手を押し当てそう言うと、累がまた赤くなり手で口を塞いだ。
「マジで?…その目が丸見えの可愛い状態で?」
「そっ!そうだよっ!変な言い方するなっ!その代わりちゃんと仕事行けよっ!」
「行くっ!頑張るっ!」
まるで子供みたいに目をキラキラさせる累に、俺は本当に驚いていた。
好かれているのは良く理解していたつもりだけど、俺ごときが髪を切って目が出たくらいでこうも褒めて興奮するだなんて意外過ぎたからだ。
しかも、累ほどの男がフェラで喜ぶなんて、なんだか可愛いったらない。
累をソファーに座らせ、俺はラグに膝立ちになった。
見上げると優しく頰を撫でられる。
してやると言ったはものの、こんなにジッと見られると、今まで前髪で隠れてしまっていた視界が恋しくなる。
累は期待に満ちた表情で俺の名前を優しく囁く。
「陽海…」
目の前にはすっかり熱くなった熱が反り勃っている。
ゆっくり指を絡め、もう一度累を見上げた。
興奮に息を吸う彼はあまりにエロ過ぎた。
ゆっくり舌を伸ばす。
顔を傾け、裏筋を舐め上げながら累の様子を伺った。
「煽ってんの?」
サラッと髪を撫で上げられる。
熱にチュッとキスをして、「累の顔…見たいんだもん」と呟くと、累は自分の前髪をグシャッとかきあげ、盛大にため息を吐いた。
「なぁ…マジで今日だけ。お願い…明日から絶対休まない!何でも言うこと聞くからっ!……休んでいいだろ?」
俺は累の熱を握りながら、後口が疼くのを感じていた。
「どうして?ちゃんと口でするって言ったじゃん」
意地悪に呟きながら、熱の先端に舌先を当てる。
「…っ…陽海…中、挿れたい…そんな可愛い顔見せて、明日の夕方まですれ違ってるなんて無理…良いだろ?」
累は俺の頰を両手で包む。
頰を赤らめながら、まじまじと顔を見つめられ、恥ずかしくなってしまう。
「陽海…中、ぐちゃぐちゃにしたい。その赤い目が綺麗に見えながら喘ぐ顔みたい…」
頰を包まれ視線が逸らせない。
自分の下半身がどんどん張り詰めてくるのがわかる。
触って欲しい。
この太い杭で穿って欲しい。
我慢出来ないのは
いつも俺だ。
「シャワー…してくるから…待ってて」
根負けしてしまった。
累は嬉しそうに、頰を包んだ手を引き寄せ、俺の瞼にキスをした。
「待ってる…」
熱っぽい琥珀色の瞳が水分多く揺れた。
俺は立ち上がり、仕事へ行けなんて言っていた口をつぐみ、欲望のままバスルームへ向かった。
あの累に愛されている。
この上ない幸せの中、前髪を切ったくらいで更にその上の幸福を与えてくる男。
累が全てになっていく。
思い出の中だけの愛が、九年ぶりに再会して、現実の中でさえも育まれ始め、こうして膨らんでいる。
シャワーを浴び準備を済ませると、リビングのソファーに累の姿はなかった。
裸足の少し湿った足が、フローリングをヒタヒタと鳴らしながら歩く。
寝室の扉を開いたら、累がベッドでタバコを吸っていた。
入って来た俺に気づいてソレを灰皿に捩じ込むと、いつもの癖で左側の涙ぼくろが二つ並んだ方にコテンと頭を寝かし、両手を広げて囁いた。
「陽海…おいで」
簡単に
そこに溺れにいける
累は
沼
黒いシーツの中に潜り込んで抱きしめられ、沢山のキスを交わし、やがてそれに熱が籠り始める。
息遣いが荒くなり、いやらしい水音が響いて、俺が卑猥に喘ぐ。
揺れる腰を掴まれ、逃げる腰を押さえつけられ、累は俺の中を堪能する。
「はぁっ…ンッ…累っ…ダメっだっ!…ぁっ!…ぁあっ!」
「すっげぇエロいっ…陽海っ…」
眉間に皺を寄せる俺の太腿を押し上げながら、腰を打ちつけそう呟く累。
ずっと見てる。
累の愛おしそうにする顔がたまらなく扇情的で感情を煽られた。
肌を打つ音、ローションがグチャグチャと鳴り、頭が真っ白になっていく。
「ダメっダメっ!イクッ!!」
累の首に腕を伸ばし抱きつく。
しっかりと抱き合ったまま、二人同時に果てた。
ハァハァと荒げた息遣いの累がぎゅ〜っと体重をかけながら俺を抱きしめる。
「陽海…好きだ…好き…はぁ〜っっ…ダメだ…監禁しそう」
俺はゆっくり累の額に張り付いた前髪を指先で払った。
「監禁なんてしなくてもずっと一緒だろ?」
俺がそう呟くと、累はビックリした顔をして、フハッ!と大きく笑った。
「ハハ、違いない…陽海かっこいいこと言うわ!最高っ!…まぁ、そうだな…監禁なんかしなくたって…絶対離してやんねぇよ」
俺はゴクッと唾を飲み込んだ。
まただ、あの頃とは違う警告音がする。
それは危険なモノに変わりはないはずなのに、まるで天使がラッパでも吹くような幸せな音だった。
だから、累といつだってランデブーしよう。
「だから…もう一回」
累がそう呟き、俺の後口に指を立てた。
「んぅっ…」
「もっと声出せよ…」
累の愛撫が繰り返される。
抱き潰される快感に酔う。
「前髪っ…切って…ンッ…良かった…」
そう呟いたら、累が満足そうに笑った。
END
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