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初めて会った時の印象は、恐い顔をした老人だった。
美術館で何度もガッシュの作品を鑑賞して、素晴らしい才能だと尊敬はしていたが、とにかく恐い印象で近寄れなかった。
しかし他の者達は、みんな必死の顔でガッシュに近づいて行った。
何度も話しかけて、身の回りの世話をして、彼の要望にハイ喜んでと言って応えていた。
まるで下僕のように、地面を這ってガッシュの足置きになった者さえいた。
自分にはとても無理だと、ロランは心の中で必死な連中を見て苦笑いしていたが、彼らが必死になる理由がやっと分かった。
ロランに与えられた仕事は、絵とは全く関係のない雑用だった。
来る日も来る日も、工房の雑用ばかりやらされて、筆を持つことさえ許されなかった。
どうして、なぜ神童と呼ばれた自分がと、悔しさに唇を噛み締めていたら、近づいてきた兄弟子に、ここではガッシュに気に入られないと死んだも同然だと言われた。
どんなに絵が上手くとも、一度も筆を持つことを許されずに、消えていった弟子達がたくさんいると聞いた。
名声のあるガッシュの工房を辞めることは、芸術家として二度と日が当たらないことを意味している。
他の工房で雇ってなどもらえない。
どこまで行っても、ガッシュの工房をクビになった者だと言われて、話すら聞いてもらえないと教えてもらった。
一体どうしたら、この世界で生きていけるのか。
兄弟子はロランに耳打ちして教えてくれた。
それを聞いたロランは、目を見開いてゴクリと唾を飲み込んだ。
美術学校時代、噂には聞いていた。
まさか自分がその舞台に立たされるとは思っていなかった。
嫌で嫌でたまらなかった。
それでも、筆を持つためにはやらなくてはいけない。
大きな仕事をもらって成功すれば独立できる。
たくさんの人々に賞賛を浴びる才能が、自分にはあるはずだ。
だから、そのためにはやるしかないと腹をくくった。
それが、地獄の扉を開くことになるとも知らずに……
フラフラと壁に手をつきながら、ロランは路地裏の一角にある小さな家の扉を開いた。
木材が腐食して、天井に穴が空き、建っているのも不思議なくらいの、今にも倒壊しそうな家にロランは住んでいた。
鍵なんてとっくに壊れているが、誰一人として訪ねてくる者などいない。
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