① 路地裏の花

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 適当に閉じた木のドアは、ピッタリと閉まることはなく、薄く開いたまま動きを止めた。  盗賊が入って来たとしても、この家に盗むものなど何もない。  金になりそうな物は、画材道具以外みんな売ってしまった。  服だって一枚を適当に雨で洗って、また乾いたら着ているくらいだ。  このまま横になって死ぬのが、幸せかもしれないと思いながら、ロランはボロボロのベッドに転がった。  吐き損ねた酔いが、ロランの瞼を重くさせた時、ギィィっと扉が軋む音が聞こえた。  誰かが家に入って来たと思ったロランは、パッと目を開けて体を起こした。  玄関扉は開いていて、そこに黒い大きな人影があった。 「……こりゃひどいな。おい、ここに画家のロランが住んでいると聞いたが、お前で間違いないか?」 「誰だ、お前は?」 「否定しないってことは、アンタで間違いないな」 「………金はない。帰ってくれ」 「金貸しの取り立てじゃない。良い話を持って来た。アンタならきっと上手くやれる話だ」  どこに借金をしたかなんて、たくさんあり過ぎて覚えていない。  その内のどこかの金貸しが送り込んだ、取り立て屋かと思ったが、どうやら違うらしい。  よく分からないやつが、突然入ってくることはあった。  まともに相手をしていたら、頭がおかしくなる。  これ以上おかしくなったら、もう終わりだとロランは思った。 「………必要ない。帰ってくれ」 「そう言うなって。うっぷ、酒臭いな……、ちょっと座らせてもらうぜ。話だけでも聞いてくれよ」  男が部屋の中に入ってくると、わずかに入る陽の光が男の姿を晒した。  髭の生えた目つきの悪い中年男、どう見ても怪しい風体の人間だった。 「おい、勝手に座るな!」  ロランが声を上げたのと、男がボロ机にドンっと重さのありそうな袋を置いたのは同じだった。  男は袋の口を開けて、中身をロランに見せるように開いた。 「なっ………!!」  袋の中身はギッシリと詰まった金貨だった。  今まで見たことがない大金を目にして、ロランはゴクリと唾を飲み込んだ。 「話だけでも聞かないか?」 「…………」 「俺は知っているんだよ。ロラン、アンタが、あの巨匠と呼ばれるガッシュの工房で、何をしていたかを……」  ロランは息を吸い込んで、ベットから飛び降りた。  酔いのかけらなど、もうどこかへ消えてしまった。  ロランは歯を食いしばって、男を睨みつけた。    
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