② 悪魔の囁き

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 悪魔に見下ろされたロランは、喉を締める手からは解放されたが、力なく床に崩れ落ちた。  悪夢のような人生はどこまで続くのだと、絶望を噛み締めた。    どこまでも続くように思える長い廊下を歩く。  窓から心地よい風が入ってきて、ロランの髪を揺らした。  ロランの目には、ピッチリと乱れのない黒々とした燕尾服の背中が見えている。  真っ白になった頭とのコントラストが美しいとさえ思える。  顔に刻まれた皺から、かなりの歳だとは思うが、しっかりした足取りと、少しもブレることのない体を見ると、とても老いた人には見えない。  ヨロヨロ歩いているロランの方が、年寄りに見えてしまう。 「歩きながらで申し訳ございません。確認したいことがございまして、よろしいですか?」 「は……はい」 「ロラン様は、現在二十八歳。十八で王立美術学校を卒業して、ガッシュ工房で五年働いたということで間違いないですね?」 「ええ、間違いありません」  全て経歴書に書いて事前に提出済みだが、口頭でも確認するらしい。  この男は聞いていた通り、服装と同じキッチリした性格のようだ。 「こちらでも調べさせていただきましたが、工房との契約が切られたのは、ガッシュ氏に対する名誉を傷つける行為があったとか?」  ピタッと足が止まり、向けられた話は予想していたものだった。  心臓がビクッと揺れて、キシキシと痛んだ。  かつて味わった痛みが、針のようになって再びロランの心臓を突き刺した。 「あの……それは……その……、師弟の芸術に対する方向性の違いと言いますか……」 「こちらとしては、その辺りのことを問題視するつもりはありません。きちんと仕事が出来る方ならそれでいいのです。この五年はずっと外国におられて、先月帰国されたとか?」 「はい、自分を見つめ直す旅に……。こちらに戻って、仕事を探していて、斡旋所からこの話を聞きました」  話しながら、よく言うよと頭の中でもう一人の自分が呟いた。  事前に決めてた話だったが、ギャンブルに借金、飲んだくれの最低男が何を見つめ直すのかと、心の中で笑ってしまった。 「先ほどもお話ししましたが、色々と難しいお方です。もし、気に入られなければ、ロラン様の実力とは関係なく、そこで契約を終了させていただきます」 「ええ、理解しました」
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