190人が本棚に入れています
本棚に追加
悪魔に見下ろされたロランは、喉を締める手からは解放されたが、力なく床に崩れ落ちた。
悪夢のような人生はどこまで続くのだと、絶望を噛み締めた。
どこまでも続くように思える長い廊下を歩く。
窓から心地よい風が入ってきて、ロランの髪を揺らした。
ロランの目には、ピッチリと乱れのない黒々とした燕尾服の背中が見えている。
真っ白になった頭とのコントラストが美しいとさえ思える。
顔に刻まれた皺から、かなりの歳だとは思うが、しっかりした足取りと、少しもブレることのない体を見ると、とても老いた人には見えない。
ヨロヨロ歩いているロランの方が、年寄りに見えてしまう。
「歩きながらで申し訳ございません。確認したいことがございまして、よろしいですか?」
「は……はい」
「ロラン様は、現在二十八歳。十八で王立美術学校を卒業して、ガッシュ工房で五年働いたということで間違いないですね?」
「ええ、間違いありません」
全て経歴書に書いて事前に提出済みだが、口頭でも確認するらしい。
この男は聞いていた通り、服装と同じキッチリした性格のようだ。
「こちらでも調べさせていただきましたが、工房との契約が切られたのは、ガッシュ氏に対する名誉を傷つける行為があったとか?」
ピタッと足が止まり、向けられた話は予想していたものだった。
心臓がビクッと揺れて、キシキシと痛んだ。
かつて味わった痛みが、針のようになって再びロランの心臓を突き刺した。
「あの……それは……その……、師弟の芸術に対する方向性の違いと言いますか……」
「こちらとしては、その辺りのことを問題視するつもりはありません。きちんと仕事が出来る方ならそれでいいのです。この五年はずっと外国におられて、先月帰国されたとか?」
「はい、自分を見つめ直す旅に……。こちらに戻って、仕事を探していて、斡旋所からこの話を聞きました」
話しながら、よく言うよと頭の中でもう一人の自分が呟いた。
事前に決めてた話だったが、ギャンブルに借金、飲んだくれの最低男が何を見つめ直すのかと、心の中で笑ってしまった。
「先ほどもお話ししましたが、色々と難しいお方です。もし、気に入られなければ、ロラン様の実力とは関係なく、そこで契約を終了させていただきます」
「ええ、理解しました」
最初のコメントを投稿しよう!