① うそ泣き、バレた

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① うそ泣き、バレた

「ねえ、もう、俺の前で泣かないでくれないか?うその涙は見たくない」  和樹がテーブルの前で両手を組み、言った。  真中琴子は先ほどまで、腫らした涙目を和樹に向けた。  和樹は失望した眼差しで琴子を見ていた。どうやら、琴子の涙という神通力も効力が消えたようだ。 「別れよう。それがお互いのためだ」  和樹はそう言うと、冷めたコーヒーを口に運ぶ。  和樹と初デートの時に入って何時間も語らった喫茶店のテーブル席で、現在は別れ話が起きている。  先ほど、琴子は最後の切り札として、泣き始めた。女の涙は武器になる。涙はどんな大砲よりも威力がある。琴子が三十年間学んできたことだった。  琴子は涙で何度も助けられた。ピンチに陥ったら、とりあえず泣くという、常とう手段が身に着いたのは、小学生の頃だった。  夏休みの宿題で、読書感想文を書くことになった。琴子は元来、ずぼらな性格のため、感想文のための本など一行も読まず、コピペを少し、いじって、感想文に仕立てた。  担任の先生が、琴子を呼びつけ、本当に真中が書いたのか、追及した。  琴子はまさか、本当のことは言えず、うそをついた。先生は小学生が書く感想文にしては出来すぎだと言った。  琴子は突然、先生の前で泣き出した。自然と涙が出た。堰を切ったように流れ出た涙は、不思議と塩辛くなかった。  先生は突然、泣き出した琴子を前にして、オロオロした。琴子はその様子を見て、更にダメ押しとなる一言を繰り出した。 「先生は、わたしを差別してるんだああ」  ボクシングで言えば、今、先生はコーナーに追い込まれて、琴子のパンチを受けている。 「わかった。先生が悪かった。真中が一生懸命書いた感想文を疑ったりして、ごめんな。だから、もう泣かないでくれ」
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