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これは何かのいたずらだろうか?泣くことが仕事なんて、女優でもあるまいし。そもそも、ハローワークの片隅で物色していること自体、怪しいものだ。
「当社の社名、ラルムは、フランス語で涙という意味です。このネーミング、社長自ら命名しました」
美奈子は誇らしげに言った。
「あの、せっかくのお話でしたが、やっぱり考え直します。泣く仕事なんて...」
「胡散臭いとお思いでしたら、それは誤解です。だって、考えてみてください。商売やビジネスは多少なりとも、詐欺的な面があります。我々だって、たとえ世間が胡散臭いと声高に叫ぼうとも、胸を張って言えます。社会に役立っていると」
琴子は一瞬考えた。確かに化粧品一つとっても、消費者に効能を誇張して宣伝したりする。そういった手法は、別に悪いとは言えない。どこの会社もやっていることだ。
「失礼ですが、真中さんは泣くことはできますか?」
美奈子は琴子の目を真っすぐに見た。
「泣けます。わたし、うそ泣きが得意みたいで。でも、うそ泣き以外は何もできなくて」
「結構です。泣ければ問題はありません。あの、もし、気が向いたら是非、当社の面接にいらしてください」
美奈子は頭を下げた。
琴子は曖昧に頷いた。
とは言ったものの、琴子は気が進まなかった。確かに条件はいいかもしれない。ただ、やはり、仕事の内容が引っ掛かる。
人前で泣くことには抵抗はない。ただ、それを仕事にすることには抵抗がある。
だって、親戚筋や知人から、琴子ちゃんはどんな仕事をしているの?と訊かれて、泣いていますと答えたら、皆、どう思うだろう?そもそも、うそ泣きのせいで、和樹と別れる羽目になったのだ。今や、うそ泣きは琴子にとっては目の上のたんこぶだ。
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