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「一番悲しかったことは...。本当に悲しい時に、涙が一滴も出ないことです...」
ああ、言ってしまった。これは失言だったのか?社長は表情一つ変えずに頷いた。
再就職先に予定している会社の合否結果が出るまでの間、琴子は父親の墓参りに行くことにした。
琴子は採用される自信がなかった。
所詮、うそ泣きしかできない女なんて、受け入れてくれる酔狂な会社などあるわけがない。
花束を抱えて、父親の墓前に跪き、合掌する。
花束を置くと、父親が好きだったハイライトのタバコを数本置く。
「いやあ、健康診断で、再検査の通知を受けちまってな。しばらくタバコはお預けらしい」
父親が不満そうにわたしたちの前でぼやいていたことを思い出した。肺に影が見つかったらしい。後日の再検査でがんと診断された。
ステージはかなり進み、余命宣告まで受けた。父親はきっと目の前が真っ暗になっただろう。余命宣告なんて、死刑宣告と何ら変わりはない。
だが、父親はいつものように淡々と日々を過ごした。母親だけは父親の余命を知っており、時たま、キッチンでタバコを吸うふりをしながら、泣いていた。
深夜にその母親の姿を偶然、見た琴子は父親がもう、長くはないことを悟った。
琴子は思い切って、父親を公園に誘った。
公園には人っ子一人いなかった。
琴子がブランコに腰掛けた。父親も隣のブランコに腰掛けて、改めて、琴子を見た。
「琴子が小さかった頃、ブランコを押してやってたなあ」
「それは覚えてる」
「暑い夏の日でも、寒い冬の日でも飽きずにブランコに乗せていたよ」
「わたし、サーカス団に入りたいなんて、言ってなかった?」
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