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③ 初仕事と新たな出会い
カメラテストは上々だった。
台詞を喋りながら、数秒で涙を流すことができた。
佐伯さんは満足そうだった。
「真中さん、あなたを採用してよかったわ。大きな仕事を任せられそうだわ」
うそ泣きで、琴子は生まれて初めて褒められた。
「あ、ありがとうございます」
うそ泣きの要員は琴子を含めて五人だった。
女性スタッフの中で一人だけ男性スタッフがいた。
背も高く、物腰の柔らかそうな男性社員は天崎真吾といった。どこかの記者会見場で彼を見た記憶があった。
「へえ。前は化粧品会社にいたんだね。じゃあ、メイクすれば、それなりに映えるね」
天崎さんはフランクに言った。
壁がなかった。この爽やかな笑顔が似合う青年には、涙が似合いそうにない。
「実はさ、うちの親父は僕の仕事の内容を知らないんだ。もし、知れたら雷が落ちるだろうね。親父は昔気質の男でさ。男が泣くなんて、みっともないと考えてるのさ」
天崎さんはお道化てみせた。
スタッフの間でも、天崎さんは評判が良かったし、出来高払いも高額で、「ラルム」のエースだった。
「あの、天崎さんはなぜ、この仕事を選んだんですか?」
幸運にも、琴子の隣のデスクが天崎さんだった。
「どうしてだろうねえ。以前は銀行に勤めていたんだけど、性に合わなくてね。思い切って、ラルムに転職したんだ。清水の舞台から飛び降りる気持ちでね。これが僕の性に合っていてさ。いつまで需要があるかわからないけど、ここで骨を埋めるのも悪くないかなって」
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