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④ 佐伯さんの過去
佐伯さんは琴子を行きつけの焼き鳥屋に連れて行った。
「五時半までに入店すれば、ハイボールが半額になるの」
佐伯さんは暖簾を潜るなりそう言った。
店内に入ると、焼き鳥を焼く香ばしい匂いが出迎えた。琴子はおニューのワンピースに匂いがつかないか心配になった。
カウンター席に並んで座る。
「大将、いつもので。それからハイボール二つ」
佐伯さんは飲む気満々だ。
アルコールを嗜む佐伯さんというものが、琴子にはうまく想像できなかった。
二人の目の前に炭酸の強いハイボールが置かれた。
「まずは、入社おめでとう」
佐伯さんはジョッキを琴子のそれにあてた。
「佐伯さんはラルムの初期のメンバーでしたよね?」
「ええ。現在の木原社長と二人で立ち上げたの。始めはマンションのワンフロアから始まったのよ。最初はふつうの人材派遣会社だったの」
「そうなんですか。泣く人を派遣するようになったのは、なぜですか?」
「ある時、うちの社員がレストランに派遣されたの。そこでお客とトラブルになったの。そのお客がレストランの上客だったの。そのお客はカンカンに怒って、社員に土下座を強要したんだけど、社員は頑なに拒否して。わたし、現場に急行して、そのお客と店長に必死に謝ったわ。店長の方は大事にしたくないのか、許してくれたけど、お客の方は怒りが収まらないらしく、誠意を見せろってわたしに迫って...。その時、わたしね、自然と涙が出たの。本当に唐突に。やっぱりお客の方もわたしが泣くなんて、予想していなくて。お客もやり過ぎだと思ったのか、いつの間にか、トラブルが解消されたのよ。帰り道にね、わたし、これ、使えるかもと思ってね。早速社長に相談したの」
「なるほど...。それで...」
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