02

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ピレとウキは、リシアのいう旅の理由について詳しくは訊かなかった。 二人は世界を旅するなんて大変だと、彼女のこれまでの苦労を労うように葡萄酒をすすめる。 リシアはすすめられるままコップに葡萄酒をそそがれ、それを口にした。 その葡萄酒は、彼女が知る味ではなかった。 この家の葡萄酒は、口にした瞬間に気が付くほど水で薄められていたのだ。 ピレとウキは、こんな薄味の葡萄酒を日常的に飲んでいるのだろう。 しかも二人の口ぶりからして、大事な日にしか飲まないようだった。 リシアは、葡萄酒の味に不満こそあれ、できる限りのもてなしに文句は言えんと、チビチビと飲み続けた。 それからすっかり酔いも回ってきた頃――。 リシアは、ピレとウキ二人のことを訊ねた。 この町の生まれなのか? 仕事は何をしている? 裕福そうな他の住民たちと比べ、着るものを新しくする余裕もなさそうだと、とても一夜の宿を借りる立場とは思えない失礼なことを訊いた。 訊ねられたピレとウキは、悲しそうな顔のまま笑うと、リシアに話した。 自分たちは少数民族の生まれで、住む場所を奪われてこの町にたどり着いた。 そのせいで町の住民たちからは冷たくされ、得られた仕事もピレは重い荷物運び、ウキは一日中村の掃除しかなかった。 しかし他に行く当てもないため、ここで暮らしていると、自嘲気味に口にした。 二人の話を聞いたリシアは納得した。 住民たちの態度や、二人の身なりが他の者たちに比べて悪い理由を。 この若い夫婦は余所者だというだけで、差別を受けているのだ。 それはそのまま、宿のないこの町でリシアを泊めてくれる者がいなかったこととも繋がる。 「愚痴っぽく言ったけど、私たちはこの生活に満足しているんです」 「ええ、ちゃんと仕事があって、飢えと寒さはしのげるんですもの」 リシアの表情から何かを感じ取ったのか。 ピレとウキは笑みを浮かべながらそう言った。 不満はあれど町での暮らしはそう悪いものではない。 もちろん辛いこともあるが、それでもこうやって笑顔でいられる時間があるのだからと、二人は互いの手を取りながら見つめ合って口にした。 「それに久しぶりに話を聞いてくれる人とも会えたしね」 「ああ、何も変わらないかもしれないけど、リシアさんが私たちに興味を持って話を聞いてくれたんだ。それだけでも感謝しなくっちゃ」 リシアは言葉を失った。 ピレとウキはこんな状況、環境でも悪くないと本気で言っているのが、彼女には伝わった。 いや、リシアにはわかるのだ。 それは、彼女が実は特別な力を持つ者だからに他ならなかった。 「初めてだ……君たちのような人間は……」 「どうしたんですか、リシアさん?」 ウキが席から立ち上がったリシアに声をかけた。 一方でピレのほうは、お客さんに変なことを話してしまったかとバツの悪い顔をしている。 そんな二人に向かって、リシアはその手をかざす。 すると彼女の手のひらが光輝き始め、なんと二人の目の前に金銀財宝が現れた。 驚愕しているピレとウキに向かって、リシアはその口を開く。 「これは礼だ。人間の生活にどのくらいの金銭が必要かはわからないが、おそらく数年は働かなくてもいい暮らしができるぐらいはあるだろう」 「あ、あなたは一体……?」 ピレが訊ねると、リシアは彼ら二人に笑みを返す。 「そうだな……。君たちが神だといっている者の子とでもいえばいいかな」 それからピレとウキの家で一夜を過ごし、リシアは町を出た。 去り際に彼女は、世界を回って再びこの町に来たら、また二人の家に泊めてくれと言い残して。 ――それから数十年後。 リシアは再びピレとウキのいる町を訪れた。 町は数十年前に比べると、貧しくなっているように見えた。 目に入る建物の壁はボロボロで、通りを歩いている住民たちの衣服もみすぼらしい。 リシアは余所者に冷たいのでバチが当たったのだろうと、特に気にせずにピレとウキの家へと向かった。 二人の家は、以前と変わっていないあばら家のようなままだった。 金銀財宝を与えたというのに欲がないな。 ――と、つい笑みがこぼれたリシアが扉をノックして訪問すると、中からまだ幼さが残る少年が出てきた。 「何か御用でしょうか?」 リシアはその少年を見て、すぐに彼がピレとウキの子であることに気が付いた。 二人の面影がある顔や、その親し気な表情からわかったのだ。 ――そうか、子ができたのだな。 そう思いながらリシアは、自分がピレとウキの世話になった者だと言い、二人を訪ねてきたと答えた。 リシアの言葉を聞いた少年は、少し寂しそうにすると、二人がすでに亡くなっていることを彼女に伝えた。 驚きを隠せなかったリシアは、まさか金銀財宝を与えたことで町の住民に何かされたのかと思った。 だが、真実はこうだった。 訊ねたリシアに少年が話すには、ピレとウキ――彼の両親はどうやら与えられた金銀財宝を町の住民たちに分けたと言う。 「どうしてそんなことを……。もしかして嫌がらせや脅されたりしたからか?」 「いえ、違うんです。父と母は町を救うために――」 それから少年は町で起こったことを説明し始めた。 なんでも今から十年前――。 ここら周辺の地域が飢饉に襲われて、誰もが今日の食事にも困るという状況になった。 平民にしてはわりと裕福だった住民たちだったが、彼らの金銭もすぐに底がつくほど食べ物の物価は上がり、もはや町は死を待つだけの状態になったらしい。 「それで父と母は、迷わず家にあった財産を町の人たちにあげました。それから二人は病気になってしまい……」 ――そんなことがあったのか。 リシアの表情が曇る。 ピレとウキは、どうして自分たちを差別する者たちを助けたのだと。 おそらくは自分たちの生活のことなど考えずに、金になるものはすべて町の人間たちに与えたのだろう。 病にかかったのもきっと栄養失調が原因のはずだ。 「あの……人違いだったらごめんなさい……」 やりきれないといった顔をしたリシアに、少年は声をかけた。 もしかしてあなたが父と母に金銀財宝を与えたお人ですかと、少年は笑みを浮かべながら訊ねた。 「そうだと言って信じてもらえるかはわからないが……。二人が持っていた金銀財宝は、たしかお礼として私があげたものだ」 「やっぱりそうだったんですね! 父と母から聞いてます! ぜひお墓に声をかけてあげてください!」 少年はそう声を張り上げると、リシアの手を引いて走り出した。 突然のことに面食らったリシアだったが、彼の言うとおりピレとウキの墓参りをしようと思った。 少年はリシアの手を引いて、嬉しそうに町の中を駆けていく。 「おーい、今日はどうしたんだい? そんなに慌てて?」 「そんな勢いで走ったら、転んだときにケガしちゃうよ」 「おっ、今日も元気だね」 町の中を走る少年に、住民たちが笑顔で声をかけてくる。 少年はそんな町の者らに、手を振って笑みを返していた。 リシアは、町の住民たちが気さくに少年へ声をかけていたことに、酷く違和感を覚えた。 少数民族であるピレとウキの子である彼が、どうしてこんなにも町の人間と馴染んでいるのか。 ――いや、二人は金銀財宝を町に分けたんだ……それも当然か……。 そう思い直したリシアは、ピレとウキの墓の前にたどり着いた。 町はずれにあるそこは、花々に囲まれたまるで庭園のような場所に、墓石が一つ置いてある。 よく手入れされているのか、その墓石は太陽の光にさらされて輝いて見えた。 「これだけ生き届いているとは……。君がやった……いや、やっているのか?」 「いえ、僕もやるときはありますけど、いつも町の誰かが綺麗にしてくれています」 少年の話によると、ピレとウキの墓の管理は町全体でやっているようだった。 だが墓石が一つしかないことに、悪意を感じたリシアはその理由を少年に訊ねた。 彼女は二人分の墓石を用意する金を、町の者らが渋ったのではないかと思ったのだ。 「それは父と母が望んだんです。自分たちが死んだら、二人を一つのお墓に入れてほしいって」 少年の言葉を聞き、リシアは墓石の前に屈んだ。 そしてピレとウキが成し遂げたことを誇らしく思いながら、二人の眠る地面に手を置いて呟く。 「こちらの心配はいらなそうだよ……だから、ゆっくり休んでくれ……」 〈了〉
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