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旅人がひとり町へとたどり着いた。 そこは森と山に囲まれた小さな町だった。 旅人は町へと足を踏み入れると、今夜泊めてもらえるところを探し始める。 だが、この町に宿はなかった。 仕方がないと思った旅人は、住民たちに声をかけて寝床を借りようとしたが――。 「悪いが、うちは無理だ」 「そんな場所ないよ。他をあたってくんな」 「あんたみてぇなのを泊めてるような奴は、この町にいねぇよ」 誰に声をかけても、いい返事をくれる者はいなかった。 むしろ煩わしそうな顔で、野良犬や野良猫を追い払うかのような態度をしていた。 別に同じ屋根の下で眠らせてほしいと頼んでいるわけはない。 家畜や物置小屋でもいいから、雨風がしのげるところを求めているだけだ。 しかし、それすらも断られてしまうのか。 途方に暮れていた旅人だったが、突然、背後から声をかけられた。 「あの、もしよかったらうちに泊まりませんか?」 振り返ってみると、そこには若い女が立っていた。 彼女は旅人に笑みを見せると、大したもてなしはできませんがと言葉を付け加えた。 それは助かると、旅人は彼女の後について行くことにする。 「ねえ、ちゃんと井戸の掃除はしたの? さっき見たらずいぶん汚れていたけど」 家までの道中で、中年の女が声をかけてきた。 若い女は申し訳なさそうに頭を下げて答える。 「すみません。朝のうちにやったのですが、誰かが使ったんですかね」 「言い訳してんじゃないよ! あとでやり直しておきな!」 中年の女は、言い返してきたのが気に入らなかったのか、声を荒げた。 今にも手を出しそうな勢いで迫り、若い女を黙らせようとする。 それでも若い女は笑みを崩さず、ただ謝罪を続けていた。 その様子を見ていた旅人は、彼女たちの様子をただ黙ってみていた。 ――家に到着すると、若い女は旅人にゆっくり休んでいてと言い、すぐに出ていった。 おそらくは先ほど言われた掃除をしに行ったのだろう。 旅人は、部屋にあった椅子に腰かけながら周囲をぼんやりと見回していた。 炊事場と寝床、それから食事をするところなどがまとまった小さな室内。 壁はいたるところが穴だらけだったのか、板で補強されてツギハギだらけであった。 食器が複数あることや置いてあった服などを見るに、どうやら若い女はひとり暮らしではなさそうだ。 なんにしても今夜は屋根のある家で眠れる――旅人がほっと胸をなで下ろしていると、部屋の扉が開いた。 「こんにちは。私はウキの夫で……といきなり言われてもわかりませんよね。順を追って話します」 中に入ってきたのは若い男だった。 男はピレと名乗り、旅人を泊めてくれると言った若い女――ウキの旦那だと説明してきた。 どうやら外でウキと会って旅人が泊まる話はすでに聞いているようで、何もないがゆっくりしていってほしいと口にした。 それからピレは、羽織っていたボロボロの外套を壁にかけると、炊事場へと歩き出す。 これから夕食の準備に取り掛かるのだろう。 慣れているのか手際よく火を起こし、汲んできた水を鍋へと入れる。 「ただいま、あなた」 「おかえり、ウキ」 ピレが料理を作っていると、そこへウキが帰ってきた。 彼女は帰るなり、夫と同じボロボロの外套を壁にかけると、すぐにピレの手伝いをする。 「ごめんなさいね、慌ただしくて」 「大したものは出せないけど、うちのスープを食べてみてください」 ピレとウキ二人は、料理をしながら旅人に声をかけていた。 泊めてくれるだけでなく、食事まで振舞ってくれるのか。 見たところお世辞にも裕福とはいえない環境のようだがと、旅人は夫婦の人の良さに少々驚いていた。 そんな二人と比べて、町の住民たちには生活に余裕がありそうだった。 着ているものひとつ見てみても夫婦との違いは歴然で、小さい町ながらそれなりに栄えていそうだ。 ならばどうしてこの二人は、みすぼらしい格好をしているのだろう。 それに先ほど家に来るまでの道で、中年の女のウキに対する態度も酷いものだった。 あれはまるで奴隷とでも接する態度というか。 働かせてやっているといった振舞いで、とても同じ町に住む人間に対するものではなかった。 「お待たせしました。さあ、一緒にいただきましょう」 料理が完成し、ウキが旅人にそう言った。 そしてピレも彼女と共に、ガタついているテーブルの上に料理を運んでいる。 その料理は見るからに固そうなパンと、野菜のスープ、それからチーズが少々と葡萄酒だった。 貧相な家や服のわりに、想像以上に豪華な食事であった。 だが、旅人は思う。 この二人はできる限り自分をもてなそうと、精一杯の気持ちを料理で表してくれているのだろうと。 「そのままだと固すぎるから、パンがスープに浸して食べてください」 ピレが旅人に美味しく食べる方法を伝え、旅人は言うとおりにした。 久しぶりの温かい食事のうえに、二人の心が伝わってくる味がした。 これが不味いはずがない。 旅人は美味しいと口にしながら、ピレとウキとの夕食を楽しんだ。 「そういえば、まだあなたの名前を聞いてなかったですね」 「そうだわ。私ったらホントそそっかしくて……」 「ウキだけが悪いわけじゃないよ。私も聞く機会はあったのに訊ねなかったし」 「本当にごめんなさい。今さらですけど、あなたの名前を教えてもらえないですか?」 旅人はこれまでずっと深く被っていたフードを取ると、その顔を見せた。 長い髪に整った顔――旅人は女だった。 それから彼女は、笑みを浮かべて二人に答える。 「名前はリシア。理由があって世界を見て回っている」
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