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「先生! 嘘だと言ってください。こんなにはっきり見えているし、視力だってさっきの検査で1.0あったでしょ?」
黒斑扇状失明症。なにかのドキュメンタリー番組で見たことがあった。百万人に一人程度の割合で発症する病なのだが、現代では十万人に一人の割合で発症するほど急速に拡大しているという。治すことの叶わない病、ある日突然視界がブラックアウトしたように、突発的に視力を失うという原因不明の病である。番組を見たときは他人事のようにしか思っていなかった。
医師いわく、もって一年、明日急に全盲になっても不思議ではないということだった。
死の宣告のように思えた。まさか自分が……という気持ちであった。目が見えなくなってどうやって日常生活を送ればいいのか。障害者年金を受給できるらしいが、今の仕事はもうできなくなるに決まっている。不安だけが何層にも重なり合い、次第に思考することをやめてソファで横になって、スマホ画面から次々に流れてくるショート動画を眺めていた。
それでも日が経てばある程度は割り切ることもできた。
現実とは不条理の塊である。
どうしようもないことを悩んでいては何も解決しないし、ましてショート動画に余命ならぬ余視の時間を割くようなまねは愚か。
医師のせめてものアドバイスとやらの、「後悔のない行動をしなさい」という言葉を真に受けて思考を切り替えることにした。幸い視力はまだ失っていないのだから。
かといって急死するわけでもない。目が見える内になにか……と考えても意外と思いつかないものである。でも自分の人生においてひとつだけずっと気になっていることがあった。後悔。
未練がましいと軽蔑されるかもしれない。
でも、ずっと好きだった。今の今までずっと。
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