盲錠 ―モウジョウ―

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 迎えた再会当日、二十二時待ち合わせ場所。駅から商業ビルに繋がる全体が白に塗装された高架の道。吹き抜けの高架から覗く地上の道路では、駅前ということもあり車がヘッドライトを煌めかせながらビル群の隙間を縫っていた。  こんな何気ない光景すらまもなく失われてしまうのかと、高架の道、端から端へ真っすぐ通る手すりに、両肘から背をもたれかけ天を見上げるけれど、夜空は半円状深くかかった白い天井が遮っていて星のひとつも見えやしない。天井には長細い蛍光灯が等間隔で列をなして俺の顔を照らしていた。顔を戻し左を見ると、俺のもとへ初恋の相手である彼女が15メートル先、歩み寄ってくるのが見えた。  十年ぶりでも彼女が彼女であるということはこの距離からでもわかった。    彼女に向かって右手を挙げて合図すると、彼女は胸元で小さく手を振った。    そして彼女は歩み寄り、対面。    あの時よりずっと綺麗だった。木箱の中で光るジョナゴールドのように艶のある肌からは当時彼女が気にしていた頬のそばかすは化粧によって覆われていたが、人妻然とした謙虚な化粧が男を挑発するような色気を意図的に抑えている。そんな様相に、元恋人と再会する彼女の節度ある人柄が垣間見えた。   「急にごめん」と顔を合わせるなり俺が言うと「いや大丈夫だけど、どうしたの?」と彼女は返答。    ああ、声、口調は変わらないんだなあの時と。久しぶりに聞くと実感する。懐かしいな、弱々しさがあるけれど確固として耳に残る声。    いざ対峙したは良いが、別に今さら好きだなんて言うつもりもなかったから、彼女のどうしたの? という言葉の返答に困ってしまっていた。きみの顔が見たかったから。最後にこの瞳に焼き付けておきたかったから。というのが正直な気持ちなのだが、こんなことを言おうものなら彼女の顔が引きつること請け合い。そんな残念な表情を拝むため会いにきたのではない。   「結婚したんだって? おめでとう」    君が既婚者だと分かって今日呼び出しましたよ。と、質問を無視する形で強引にこの言葉を挨拶代わりとする。   「あ、知ってたんだ! ありがとう」    彼女は俺に笑顔を向けるけれど、もう誰かの女になってしまったことへの無念さと、自分の未練がましさに嫌気が差す。    いくら人の女と頭で理解しても、いざ面と向かって彼女の笑顔を食らうと胸の下からウッと圧力を感じ、自分の気持ちを再認識させられてしまう。それに昔よりずっと綺麗になった彼女を目の前にすればなおのこと。  
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