盲錠 ―モウジョウ―

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「あの時なんで俺に別れようって言ったんだ?」    ずっと気になっていた問い。多分十年ぶりに再会して一発目に話すにはデリカシーのない発言だろう。でも、解決しておきたかった問題。俺の初恋を終わらせるために訊く。自分の気持ちを整理するために、しっかりと失恋するために、今日この問いの答えを出すために来たといってもいい。今さら人妻をかっさらうつもりもないのだから。    彼女は左上を見る。そして少しうつむいてから俺の目を見て「さあ、忘れちゃったな。もう十年前のことだし」と言うけれど、その思考の間から思い出したのではないだろうかとも感じ取れたが、それ以上追求しては彼女も話し辛い理由か、ひとまず「そっか」とだけ答えた。   「なんか残念そうだね」   「いや、別にそんなことねぇよ」    そんなことある、図星だ。   「じゃああの時のことは覚えてる? ショッピングモールへデートに行ったときのこと」    今度は俺が左上を見て、記憶を辿る。   「ああ、なんとなく覚えてるよ。たしか向かう時に二人で乗った電車が反対方向行ってあわてて降りたよな」   「そうだっけ?」    時の流れを感じさせる。俺は覚えていることも彼女は覚えていない。   「じゃなくて、ほら、ショッピングモールでお揃いの指輪買ったでしょ?」    しっかり記憶にあったが「あー、うっすら覚えてる」と答えた。    まるで結婚指輪であるかのようにシンプルなデザインのシルバーリング。そんなものを中学生カップルといえど選ぶなんて未だに恥ずかしさがあるが、彼女としてはもう微笑ましい思い出のひとつとして躊躇なく話せるのだろう。   「私あれまだ持ってるよ」    言う彼女の左手薬指には、チープではないプラチナ製であろう高貴な誓いが光る。   「それとさ、帰ってからのこと覚えてる?」    覚えている。忘れることなんてない。自分の瞳の揺らめきを薄ら感じながら頷いた。   「あれ、私の初キスだったんだから」    俺も初めてのキスだった。  
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