盲錠 ―モウジョウ―

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 そう、ちょうど今のような季節。ショッピングデートの帰り、彼女を自宅近くまで送り届けた去り際のこと――――。  ***    十九時、辺りはすっかり暗くなっていて肌寒い。格子状に整備された道路の中、マスに並ぶ新興住宅地の家々から灯りがこぼれる。街灯の明かりは青みがかっていて、秋から冬に向かう寒さを積み増すようだった。    この閑静な住宅街、彼女と並行して歩きながら「ねえ、進路ってもう決めた?」と彼女は言うと俺の手を握ってきた。    繋がれた俺の左手の甲に伸びる彼女の指先は冷たかった。厚手のカーディガンに指の付け根まで覆われた彼女の手のひらの温度はカーディガンの布地によって隠されていたが、いつもの通り冷たいのだろう。    違う進路、その選択はつまるところ別れに直結するほど俺と彼女の間においては重要なことであった。別に俺と彼女に限らず世間の学生カップルも同様にこの問題を抱えていることだろう。    だからこのタイミングで彼女が俺の手を握り締めてきたというのは、離れたくないという意思表示として受け取り、その意思表示に答え「決めてるよ、俺は前にも話した通りの高校に進学する。お前の学力なら楽勝だろ? できれば……俺と同じ高校に行ってくれたら嬉しいかな」と伝えた。    こう言う最中、身体に力が入ってしまって彼女の手を少し強く握ってしまった。無理もない、彼女の将来をも左右しかねない進学の選択で、俺と同じ高校に行ってほしいなんてこと、今まで言えなかった。でも本心としてはやっぱり彼女とこのまま同じ高校に行って付き合いを続けたいという想いが強くあった。    しかし彼女は口を紡ぎ、そのまま手を繋ぎながら歩いた。    沈黙が寒さを助長させる。    百歩は軽く歩いただろう。あまりに黙り込むものだからしびれを切らして「お前はどこの高校に行くんだ?」と訊いた。   「考え中なんだけど……うーん、また言うね」    そこからまた沈黙が続き、歩いた。    もやもやする気持ちを抱きながらも、こうやって彼女と手をつないで歩く時間は幸せだとも思う。    彼女の家の近くまで来た頃、送るのはこの辺で良いというので先ほどの返答がまだなのだが? と考えつつも今日は観念して帰ろうと背を向けると、この背中に彼女は「好きだよ」と小さくぶつけてきた。    俺は振り向くと、物欲しげな彼女の表情があったので、そっと無言で彼女の唇に返答した。    季節にそぐわず暖かな陽の香りがした。髪の香りか、衣服の香りか。それはわからなかったけれど気づけば唇を離して彼女の肩に両手をかけ、彼女の顔を見つめていた。その時なんて気障なことをしてしまったのだろうと自分が恥ずかしくなり、慌てて両手を外す。    そのあとなんて会話をして、どの道のりで家まで帰ったのか覚えていないが、鮮烈な初キスの記憶だけは残っていた。    その数日後、彼女から別れを告げられた。初めてキスをして、お互いの気持ちをより深くわかりあっていたと思っていたのに。突然。    あまりにも突然。なんで? なんて訊けなかった。ただ、わかった。とだけ言ったはずだ。    正確にはどんな別れの言葉で、なんて返答したかなんて覚えていない。事実だけ色濃く記憶しているだけ。きっとあまりに急で錯乱していたのだと思う。    ただ、そのことを今でも後悔し続けていた。きっと彼女は俺のことを嫌いになったわけではないし、それに……俺も好きだったから。  
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