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後々冷静になればなるほど、考えれば考えるほどに、別れた理由の答えは彼女の中にあるのだと思い至る。
***
高架、スーッと冷たい風が首の裏あたりを通り過ぎる。
「私、ずっと言えなかった。ずっと後悔があった。本当はあなたと同じ高校に行きたかったし、あのまま同じ道を進んでいたらどうなっていたんだろう……。なんて、今でも考えることがある。ただ、私には夢があったの」
力んだ彼女の声色が、覚悟の上の言葉であることはわかったが「夢? そんな話しあの時してくれなかっただろ?」と少し語気を強めて追及した。
「そう、だから黙っていてごめん。嫌われたくなくって。本当自分が幼かったと思うよ。でも言い出せなくて。実は私の夢っていうのは、将棋のプロ棋士になることだったの。女流棋士じゃない、プロ棋士」
将棋の世界ではプロ棋士になるための年齢制限があることは知っていた。それも未だに女性のプロ棋士は将棋界の歴史上一人も誕生していない。それほど難しく生半可な気持ちでなれるようなものではない。にしても、そんなこと言ってくれたら当時の俺も理解できただろうに。
あっけない答えに拍子抜け、肩から力が抜けて「……それで嫌われるわけないだろう」と言った。
「わかってるよ、そのくらい。今大人になった自分が考えれば簡単にわかる。でもね、昔はわからなかった。当時の私は将棋の実力もいまひとつだったし、将棋が好きなのに弱いから好きだって周囲にも言えず気づいたらプロ棋士になる夢も諦めかけていた。それに女の子で将棋が好きだなんて恥ずかしさもあったから、仲のいい友達にも言ってないし、家族以外に知っている人もいなかった」
なんとなく彼女の言いたいことは理解できた。コンプレックスに近い感覚だろう。他人からしてみればなんともない、気にかけるようなことでもないことも、十五歳という若い年齢では嫌に意識してしまう、その感覚は思春期特有のものだろうと一脈通じる。
「そんな時、あなたと付き合って、私のことを認めてくれて、自分の中で誰かに認められたっていうことが自信に繋がったというか……。だから本当に感謝しているし、あの時あなたと出会わなければ私はプロ棋士になる夢なんて諦めていたと思う。でも、諦めず挑戦し続けようって思えた。どう伝えていいかわからないけど……あの時はごめんね」
「俺も後悔していたよ。別れを告げられた時、なぜ理由を訊かなかったのか。そして引き止めなかったのか……。未練がましく、捨てないでくれよ。なんて、当時の俺の矜持が許さなかった。ただのカッコつけの子供でしかなかったんだ。……それで、プロにはなれたのか?」
「ダメだった! 女流棋士すらダメでした」
思わず両者吹き出し笑う。
「おいおい、あたかも恋を諦めてプロになりましたみたいな口ぶりだったじゃないかよ!」
ああ、なんだろう楽しいな。こんな具合で当時彼女が好きだった。
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