盲錠 ―モウジョウ―

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「現実は甘くなかったなぁ。だから私、後悔してる。プロ棋士なんて叶うはずない夢なんて諦めて、あなたと同じ高校に行っていたら違う未来もあったんだろうって。さすがに若すぎる恋愛だから結婚とかそんなこと言わないけど、それでも、もしかしたら……ってね」    もしかしたら、ね。  俺もそんなことを考えずにはいられなかった。まして未だに好きな気持ちがあるのだから、あの時もしも……なんてありもしない妄想にふける時もあった。でも彼女の言う通り所詮は中学生、そんな将来を誓い合うような恋愛になることなんてない。結局同じ高校に行っていたとしても、どこかで別れる運命にあったのではないかとすら思う。それでも俺の中の時間はあの時で止まっていた。そして今また時間が動き出している。   「てかやっぱり別れた理由、覚えてるんじゃないかよ。そうならそうと教えてくれたらよかったのに」   「だったら当時訊いてくれたらよかったのに」    開き直るんじゃないよ。まったく。   「私が別れを告げたあの時、本当はちゃんと理由まで伝えて、ちゃんと話し合って別れようって覚悟してたんだけど、いざ面と向かうと上手く喋れなくて……結局結論だけ言ってしまって……ごめん」   「俺もあの時何も訊かなかったのは悪かったよ。本当後悔している」   「私は今ここで懺悔してるつもり。……で! 話しは立ち返るけど、今日は結局なんの用だったの?」    こうやってお前と会うことが目的だったなんて言えば告白しているようだし、なんて伝えるべきか。   「実は俺、黒斑扇状失明症なんだ。近い将来失明する」   「うそ? え……」   「だから、最後目が見える内にもう一度、お前に会いたいって思ってさ」    我ながら気障な物言いに、性格の不変に身体の内からため息が漏れ出るような感覚。   「ありがとう……っていうと違うかな。お大事に……ってのも他人事みたいだしなんて声をかけていいか……」    彼女の優しさは伝わった。何かしてあげたいという気持ちがあるのだろうが、医師でさえどうすることもできないこの病の前では、彼女にできることなんてないだろう。それに俺自身彼女に何かしてほしいだなんて考えてもいないのだから。   「別に同情なんていらない、ただ俺が会いたかったから会いにきた。それ以上でもそれ以下でもない」    さらに話せば余計なことまで言いそうで、彼女の身の上を考えればここが去り時、そして散り時であると悟る。  
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