104 ささやかな幸せ

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104 ささやかな幸せ

             そんな淫蕩な日々を過ごし――年が明け、幾月か。      はじめのほうこそ、ジャスル様の寝台で眠ることもあったユンファ様…それこそ身を清めるにしても、ジャスル様の部屋に付いた浴室でその人と共に湯浴みをしては、浴室でもまぐわいあっていた彼らだが。    しかし次第にユンファ様は、夜にたっぷりとしこたま犯されたのち、彼自身の部屋へ帰されるようになった。    するとユンファ様は、元より足腰がそう強くないのもあってか、しこたま犯されたあとではガクガクと歩くのもままならず、結局――俺は何度も、何度も何度も――ユンファ様の体を、ただその人の部屋の浴室で清めてやった。   「大丈夫、自分でできるから…、大丈夫だよ、迷惑はかけられない……」――毎日のようにそればかりを力なく言って、ユンファ様はもう、それ以外俺と話してくださることはなくなっていた。…それどころか、ジャスル様に命じられたとき以外、俺とはもう目も合わせてくれぬ。  しかし俺が強行すれば、彼はただ黙って、俺にあの日のようにその身を洗われた。――気持ちばかり俺に安心して身を預けてくれているような、そんな気はするのだが。      そして、身を清めたあとのユンファ様は――朝に、自分の部屋の寝台で眠った。      俺には、ささやかな幸せがあった。  …おそらくユンファ様は意図的に、俺の目を見てはくれない。また意図的に、俺とは話さない。――しかし疲れからか――寝台に横向きで寝かせ、掛け布団を肩までかけてやるその瞬間…そのときばかりは、気が抜けているのか。    ユンファ様は、いつも俺の姿を盗み見ていたのだ。   「…………」   「……、ユンファ様……」    ほんの一瞬ばかり――目が合う。  とろりと、ぽうっとした薄紫色の瞳と、俺の目がかち合う。…しかし、見つめ合えることはなかった。――視線が一瞬ばかり絡み合うと、その人はまぶたをさっと伏せてしまうからだ。   「……ユンファ様…おやすみなさいませ」   「………、…」    これにも、何も言葉は返ってはこない。  しかしユンファ様は、するといくらか幸せそうな顔をする。…ぱっと頬を染めて、じわりと目を潤ませて。    さっとまぶたを閉ざして――きゅ、と、切ない顔をする。    そのまま体を小さく丸めて、ユンファ様は幼子のように眠る。――俺が一度だけ、さっとその絹の黒髪を撫でてやると、ユンファ様は…少しだけ、赤い唇の端を上げるのだ。      これが俺の――ささやかな、幸せだ。            
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