11 醜男の子供を孕むための婚姻

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11 醜男の子供を孕むための婚姻

               とにかくジャスル様は、ユンファ殿のことを一目見て、かなり気に入ったご様子ではあった。  ただしジャスル様は、根っから商魂猛々しいお人である。――その人は一旦ユンファ殿を候補として保留にし、ひとまずは他の蝶族のことも見て回ったのだ。…別の五蝶一族の者から、貴族階級の五蝶の民まで、リベッグヤ殿のおすすめの元、さまざまに。    それはまるでさながらに、取り引きをするにおいてあわや悪い物を掴まされぬよう、しっかりと下調べをし、さまざまな商品を見比べて吟味する、いわば、商人の癖が炸裂しているようなお姿であった。    しかし俺から言わせてもらうと、どうもみながみな蝶族は、あまりにも端正な顔していた。――いや、だからこそだ。…だからこそどうも、俺にはみながみな同じような顔をしているように見えて、仕方がなかったのである。  一応リベッグヤ殿は、五蝶の国でまあ由緒正しい身分の、かつ、ひと際美しい人たちをあれこれ屋敷に連れて来させ、ジャスル様に紹介していたらしいのだが――しかし美しい人とは、それ以外の人の中にいるからこそ美しく見えるものであって、美しい人が平均である蝶族では、一体何がひと際美しくて、一体何が醜いのやら…それすらわからぬ有り様であった。    ただ…そうした美形揃いの蝶族においても、ことにあのユンファ殿に関しては、確かに何か、特別人を惹き付けるようなものを持っていたように思う。  それこそ、その人のその美しい姿を一目見てしまえば、たちまちその美しい姿に目が釘付けになってしまう、というような、魔性の魅力にも近しい…――いや、それがなぜなのか、何が人をそうするのやらはあまりに漠然としていたが、確かにどこか魔性のそれに近い、人を強く惹き付ける魅力的な()()が、あのユンファ殿にはあったのだ。    またそれは、ジャスル様も俺と同様にお考えのようであった。――結局その人は、いわくあまりにも美しいからとあの小屋に幽閉されていた、ユンファ殿を選んだのだ。    そしてユンファ殿は、ジャスル様に、いよいよ確かに婚姻を申し込まれると――それまでに五蝶の者から何かしら言われていたのか、何なのか、彼はあまりにも浮かぬ顔をして、俯きながらも。   「……そのご縁談、謹んで…お受けいたします……」    と…――案外すんなり、格子越し…ジャスル様へ三つ指を着いて、深く頭を下げたのだ。        そうして、大国ノージェス一の大富豪――ジャスル・ヌン・モンス様は…その五蝶の国、五蝶一族の十二男ユンファ殿を、側室として迎え入れた。    五蝶(ごちょう)一族、十二男…――ユンファ。  彼は蝶族――他族からしてみれば見ることさえも容易くはない、大変に珍しい種族、また民族の、更にいって、五蝶一族の十二番目のご子息なのだという。    つまり簡単にいえば、かの人は――十二男とはいえども――()()()()()()()だ。    そんな蝶族のユンファ殿を娶った、ジャスル様は――大国ノージェスの英雄にして、ノージェス一の大富豪、そしてこの広大な屋敷の主人であり、俺の主人たる人物でもある。    つまり、側室とはいえ――一見すれば、お二人は釣り合いの取れたお立場同士で婚姻した、ともいえることだろう。    ちなみになのだが、ジャスル様にはユンファ殿の他に、あともう七人の女性側室、二人の男性側室がおり、また、いずれも正室の地位ではない。――というのもジャスル様は「自分の子を三人以上産んだ者を正室とする」と大々的に宣言していらっしゃるのだ。    が、しかし計九人――新しく娶られたユンファ殿を含めれば、実に十人にもなるわけだが――その人数の側室がいて、そう容易く子を三人も産める側室は、まずこれまでにいなかったのだ。  もちろん()()側室においては、その条件で正室とは夢のまた夢ともなるわけだが、…しかし、ジャスル様の性欲の矛先が男にも向かうのだから致し方なし、その二人の男性側室のことは、この話をするにおいて含めざるを得ない。    いや、それどころかジャスル様は、好みと見ればどんどんご自分の妾(男妾)に、側室にとするようなお方だ。  側室ではない女まで、ジャスル様の赤子を世に産み落としているこの始末では、まず一人が三人も産めることなどそうない。――何人の側室、妾がいようとも、どれほどジャスル様の性欲が強く猛々しいとしても、それでもジャスル様の肉体は、この世に一つ限りなのである。    しかし、これまでは秘境とされていた五蝶の国の、その国の王子ユンファ殿をこのたび娶られたジャスル様は、あるいは本当に、ユンファ殿を正室に据えたいとまでお考えかもしれぬ。――いわくジャスル様は、ユンファ殿が第一子をご懐妊されてから、世に華々しくその方をお披露目する、というのだ。    そうしてお二人の間に子ができたら…あの五蝶とノージェスを結び付けた、という功績がより強いものとなり、また、ノージェスでの立場もより確固たるものとなる。  そうすれば、やがて政治家さえ飛び越え、更に国王すら手篭めにし、いずれはノージェスの政権全てを確かに握るため…ユンファ殿の存在はそのための足掛かりとなると、ジャスル様はきっとそう踏んでいそうなのだ。      つまり結局は…――ユンファ殿にしろ、またユンファ殿がこれから生む子にしろ、ジャスル様の勲章、所詮は()()()なのである。    ハゲ、デブ、不潔…おまけに性欲が尋常じゃないほど強く、変態――そんな醜くも、ある意味では誰よりも逞しいジャスル様の子どもを身ごもるため、そのためだけに美しい青年…――五蝶の王子ユンファ殿は、五蝶の国に咲くという“永久(とわ)の桜”の木の枝のみを献上品として持ち寄り、そして、このノージェスの地に降り立ったのだ。      哀れにも…――。      
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