2 蝶と狼、永恋の物語

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2 蝶と狼、永恋の物語

    むかし、むかし――虫どもが暮らすお里のなかで、ひときわ綺麗な蝶々がおったとさ。  踊りの上手な蝶々、はらりはらりと綺麗な羽を、いつも華麗にはためかせて飛ぶ、秋の満月喜んで、あんまり綺麗に踊った蝶々――ほかの虫ども嫉妬した。   「あぁ嫌だ嫌だ、お前の鱗粉(りんぷん)が俺たちを汚すよ、お前なぞあっちへおゆき。」――「あっちへおゆきよ、あっちへおゆき。この里から出て行け、出て行かないならお前ら蝶々、俺たちみーんな殺しちまうよ。」――嫌な虫ども、可愛い蝶々、追いかけ回す。      蝶々、蝶々は必死に、逃げたとさ。      ぱたぱた、ひらひら、逃げた先――満月の夜、寂しき狼、眠ってた。 「何事だ、うるさいぞ。お前らこそが、あっちいけ。」…眠りを邪魔されイライラ狼、得意の怖い顔をして、うるさい虫ども追い払う。      すると蝶々、涙した。「あぁ狼、狼、神様の犬。あぁ大神、大神よ。ありがとう、ありがとう。」…蝶々の涙は月の雫、びっくり狼あわあわと、蝶々はクスクス笑ったとさ。     「助けてくださったお礼に、僕らの知恵をお授けします。」      それからか弱い蝶々と狼、力をあわせて共に暮らした。  綺麗で賢い蝶々は、だけれどか弱く儚くて、いつも意地悪な虫どもにいじめられていた。  強くてたくましい狼は、だけれどみんなに怖がられ、いつも寂しくひっそり暮らしていた。    しかし、狼を恐れぬ優しい蝶々は、それきり安心して暮らせたそうな。――寂しい寂しい狼は、それきり平和の素敵さ、学んだそうな。      それきり狼、男も女も、どちらも持った蝶々とだけつがうそうだ。――蝶々もまたそれっきり、強くて優しい狼のそばでしか、可愛い卵を生まぬそうだ。      春も夏も、秋も冬も、蝶々と狼、共に暮らす。  夏には涼風おくりあい、秋には食べものおくりあい、冬には体を寄せ合って、いよいよ雪がとろとろ溶けた。やっとほかほか陽の光、狼の毛皮がきらきら光る。綺麗な綺麗な狼の毛皮、いつしか陽の色に染まったそうだ。――蝶は綺麗だ、綺麗だと、きらきら光る狼の毛皮を、櫛でやさしくといたとさ。      月も微笑む春の日に、ひらりひらりと目の前で、春の日を祝い、舞い踊る蝶を見た。蝶のお羽は月の色、蝶は舞い踊るたび銀色の、きらきらやさしい、月の光を振りまいた。――狼は見たそうだ。綺麗だ、綺麗だと狼は、にこにこ笑ったそうな。濡れたお鼻は真っ赤に染まり、月の光にきらきら、きらきら。      狼、狼よ、若き狼。  どうだ、どうだ、お前の魂で惹かれる蝶かい。  蝶のお羽のもようはどうだい、美しいかい。  蝶のころころと笑う声はどうだい、心地よいかい。  蝶が振りまく鱗粉の、その甘い甘い香りはどうだい、いつまでだって、嗅いでいたいかい。      ならば愛の(しる)しに、蝶が喜ぶ果物をあげよう。      この愛の証しに、蝶が微笑む花々をあげよう。      さすれば蝶は、狼の鼻先来てくれて、喜びの舞いを舞い踊る。  ひらひら華麗に、ありがとう、ありがとうと綺麗な羽をはためかせ――ちょん。蝶は狼の鼻に、ちょんと留まる。      擽ったくて、くしゃみをなどするな、狼よ。      一つくしゅんとくしゃみをすれば、蝶は驚きたちまちひらひら、どこかへひらひら飛んでいってしまうぞ。      優しいあまりに擽ったいが、狼、若き狼、むずむずしても我慢せよ。――長いお鼻の、その先に留まった蝶を見つめ、蝶と狼、見つめ合う。      胡蝶のその()を見られたら――胡蝶の夢を、見られるぞ。      あぁてふてふよ、僕のてふてふ。      可愛くか弱いお前のことを、このさき僕が守ってあげる。       僕の、僕の綺麗なてふてふ、てふてふ。  だからお前の甘い()を、いつまでだって見させておくれ。      甘い、甘いてふてふ、僕のてふてふよ。  いつも食べてる甘い蜜、僕にもちょっぴり、分けとくれ。      僕の可愛い、可愛いてふてふ。てふてふ。  お前の甘くて良い匂い、僕にずうっと嗅がせておくれ。      笑っておくれよ、僕のてふてふ。  ころころ可愛い蝶の声、いつもたくさん笑っておくれ。      さあてふてふ。おいでてふてふ、こっちへおいで。  ひらひらか弱い蝶の羽、僕のまぶたを優しく撫ぜて、どうかそのまま蝶のそば、僕を毎晩置いとくれ。      僕にはお前、お前だけ。  お前もきっと、きっと僕だけ。      そしたら僕は、幸いだ。  永久(とわ)にお前に恋をして、次にもお前に恋をする。      冬にお前を忘れても、春にはお前を思い出す。    またお前に恋をして、次にもお前に恋をして、ずっとお前に恋をする。      狼の永恋(えいれん)の誓い、蝶はぱたぱた喜んだ。      狼と蝶、見つめあう。  ただそれだけで、蝶と狼、つがいあう。      神が認めた蝶と狼、離れられない蝶と狼、運命(さだめ)の決まった蝶と狼、永久(とわ)のつがいの蝶と狼――強く惹かれて蝶と狼、僕らはもう、永恋(えいれん)のつがい。      蝶と狼、永恋(えいれん)の誓いにつがい合う。  たくさん卵を生むけれど、蝶は長くは生きられぬ。  守っておくれ、僕らの可愛い卵たち。      守ろう、必ず守ろう、僕らの可愛い卵たち。      お互いしか求めあわない蝶と狼、他の虫ども嫉妬して、お互いしか見えぬ蝶と狼、他の獣が嫉妬して、ほかのあいつら、蝶々をみんな、攫っていった。      やがてそいつら、狼を殺した。      離れ離れの蝶と狼、けれど我らは永久なるつがい。      永恋(えいれん)のつがいは、魂でつがい合う。      お前の()を見られたら、僕はお前とわかるだろう。      我らは永久なる永恋(えいれん)のつがい、胡蝶の夢で、お逢いしましょう――。  
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