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――――ちりんっと小さく揺れる鈴の音。
アルコールの酔いなんてのは吹っ飛んでいた。
今の俺は目の前にあるもぎたての果実のように芳醇な――感情が昂った時にだけ放たれるSubの匂いに暴走しそうな意識を宥めるのに必死だった。
「お兄さん」
やめろ、それ以上は頼むから近づくな…
彼の心境など知るものか。誘い声すら脳には甘く耳に響く。
(クソッ、しっかりしろ…)
自我を保ってなければどうなるか分からない。いまに自分という存在が足元から崩れてしまいそうだった。
本当クッソたれだ
なんで俺の目の前に首輪をつけたSubの、それも全裸の男(変質者)なんてのがいやがる!?!?
遡ること数時間前。
今夜も合コンに敗れた俺は二次会にも顔を出すことなく馴染みのBARで一人酒に酔い潰れていた。
(~~~~畜生っ、なあにが優しくされるのが大好きなSub達の集まりだ!?)
【特殊な性別】。
この世界には男女の性とは異なるダイナミクスと呼ばれる第二の性、DomとSubが存在している。
命令したい・支配したい欲求をもつDomと、Domの#コマンド__”命令”__#に従いたい・お仕置きされたい欲求にもつSub。そしてどっちでもないのが過半数以上を占めるNormalだ。
あとはDomにでもSubにでもなれるswitchってのもあるらしいが希少過ぎて都市伝説だ。
『くまっち!やっぱお前ってDomだったんだな!』
……思えば、Domと診断されてから俺にいいことなんてなかった。
中学の入学前に全員が受ける"第二次性別検査"でDomであることが判明した。そして、その検査結果を盗み見た#クラスメイト__”クソガキ”__#により、俺がDomであることは瞬く間に広まった。
まだ幼くて純粋な心を持っていた俺はそれなりに傷ついたというのに、
『えー別に予想外って気はしなくない?』
『くまっちだもんね~』
クラスメイトは誰も驚きゃしなかった。
俺の、"熊狩勝利(くまがり しょうり)"という名前のせいだ
―――――熊が獲物を狩って勝利するなんてインパクトが強すぎる。
けどそんなものは序の口で、Dom性が俺本人を苦しめたのは思春期に入ってからだった。
はじめてのプレイで彼女に望まれたから尻を叩いた。どんどん桃色から赤くなっていく素肌を気遣いすぐケアをしなければと思って―――
『えっ、まって… #これで__・__#ケアしようとしてるの…?ちょっとあり得ないってか、キモい』
キモい、 の一言。
真っ白で純粋なハートに傷が入った瞬間だった。
俺は昔から見た目が、ちょっと厳つい自覚はあった。それでも不細工と言われたことはないし、なんならモデルになってくれとスカウトされたことだってある(いわゆるオラオラ系雑誌だったけども)。
身長もどんどん伸びたおかげで高校の頃には185cm超と恵まれていた。あとは食べるのが大好きだから将来メタボにならないよう、恋人に嫌われないよう自宅で筋トレするのを日課にした。それだけなのに…。
【もっと激しいプレイを期待してたんだけど】
【真面目にやってよ!全然気持ちよくない!】
厳つい外見に全くそぐわなくて申し訳ないのだが、俺のDomとして強く持つ欲求は【自分自身のSubを管理したい】【たくさん世話したい】、だ。
たくさん褒めてケアして自分の恋人と一日中いちゃいちゃしたいだけなのに、俺の見た目に惹かれて声をかけてくるのは激しいプレイを所望するSubがほとんどだった。
(恋がしたい…かわいいパートナーが欲しい…)
Domとしての欲求不満は溜まる一方で、抑制剤の飲み過ぎで医者に注意されたのは何度目か。
そんな俺の悩みを知ったDom友達に誘われた今回の合コンは、"優しいプレイを好むDomと甘やかされたいSubを集めた集まり"だと聞いていたんだぞ…。
滅茶苦茶期待した。ちゃんとしたスーツを着て、見た目で引かれたり怖がらせないよう頑張った。
したら、いい感じになりそうな子が一人いたもんで始終ドッキドキしたってのに…
『熊狩くん。ホントはあたし、激し目なプレイが好きなの。こっそり二人で抜けない?』
――――――――― …
「抜けるものか!!!!」
「相変わらず災難だったわねぇ、これで何度目よ?」
テーブルに叩きつけるワケにもいかずコンッと置かれたグラス。その先には俺という可哀想な生き物(Dom)を見るマスターの目があった。
「てかそんなにSubちゃん達にモテるなら一回プレイしてみたら?お互い大人なんだし、それから始まる恋もあるって」
特殊な第二性故によくDomとSubの関係はSMに例えられやすいが、価値観や性的趣向が合わなければ長続きしないし、互いへの信頼関係がないと成り立たない。そして信頼を越えた先にあるのが#カラー__首輪__#だ。
お互いだけをずっと信頼できるパートナーにしようとSubに渡す、"結婚指輪"みたいなもんだ。
プレイだけでなく相手と心を通わせて結婚したい。
「……せっかく性別が二つあるんだ、やっぱり運命を感じる相手がいい」
「んん~熊狩ちゃんカラー贈るのが結婚とか婚約ってのはイマドキ重いと思うなぁ。それにDomは特殊でglareが使えるでしょ?アナタのSubと対等だって言えちゃう感性は尊敬してるんだけど、やっぱ黙ってても支配者だぞ~ってオーラは隠せないっていうか… ノーマルのあたしから見ても全然貴方たちDomの方が立場が上って気がするかな」
「うぐっ」
悪気のある言い方ではなく、俺に現実を見て"妥協しろ"って事だと分かっている。
今のご時世じゃカラーは恋人や特別な相手だけでなく、プレイ仲間や友達まで身近なパートナーにも贈るものになっていた。DomだけじゃなくSubだって何人ものパートナーを持つし、カラーを必要としないSubも増えてきた。
だから俺の理想は高いというか、甘い。
(――――が、理想はそれぞれでいいはずだろう!?)
俺だけのSubにカラーを贈るってドラマみたいな展開に憧れてんだよ、今さら諦められるものか。
「マスター、ハイボールもう一杯!」
「ま、頑張りなさいよ」
二五歳を過ぎてもマッチングアプリや出会い目的のクラブなど使わず、ずっと運命の相手(Sub)と出会うことを夢見ていた熊狩(Dom)の想いはだいぶ拗れていた。
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