口下手ジンジャークッキー

7/7
前へ
/7ページ
次へ
「あの時、もし原田がジンジャークッキーを作ってくれたら、その時に告白しようと思ってたんだ。でも自分で作ればって言われて、それなら自分で作って告白しようって決めたのに、まさかの失敗だもんな」  そっか。失敗したのは私だけじゃなかったんだーー。  もう忘れていた感情。形にすらならずに消えてしまった想いなのに、彼の言葉を聞いて舞香は嬉しくなった。 「私もね、失敗したんだ」 「えっ……失敗って?」 「クッキーをね、焦がしちゃったの。渡せるような状態じゃなくて、そのまま処分しちゃった」  舞香の言葉を聞いて、今度は犬飼の顔が喜びに満ちていく。 「そ、それってさ、俺のために作ろうとしてたってこと?」  突然黙り込んでしまうが、それこそが肯定を意味していた。 「だって……食べたいって言ってたし……」 「そうだったんだ……。あはは、今更だけど嬉しいな」 「あのさ、確認なんだけど、好きっていうのは過去の話だよね? 今じゃないよね?」  すると犬飼は急に真面目な顔になって、舞香を見つめた。 「今も好きだって言ったら嘘っぽい?」 「うん」 「だよな。俺も自分でそう思うよ。でもやっぱり原田ともう一度仲良くなりたいって思ったから……だから、もし原田が良ければ友だちから始めないか?」 「友だちから?」 「そう。あの頃出来なかったことをーー例えば連絡を取り合ったり、出かけたりするんだ」 「でもまたお互いに何も言わないかも」 「大丈夫! 今度はちゃんと言えるから……何しろジンジャークッキーたちがついてるし」  胸を張ってそう言った彼を見て、舞香は思わず吹き出した。 「じゃあ犬飼の味方を増やしてあげよう」  舞香はカバンの中から、先ほど作ったばかりのジンジャークッキーを犬飼に手渡した。それを見るなり、犬飼は満面の笑みを浮かべる。 「もしかして作ってくれた?」 「ま、まぁね。私もあの約束を思い出したから……」  つい照れてしまい、思わず顔を背けてしまう。 「なぁ、原田。もし良かったら、商店街のツリーを見に行かないか?」  舞香は少し考えてから、ニコリと微笑んだ。 「"友だち"最初のお出かけだね」 「……いつかは友だちじゃなくなるけど」 「ん? 何か言った?」 「いや、何も言ってないよ。じゃあこのヘルメットかぶって」  犬飼は座席の下に入れてあったヘルメットを取り出すと、わざととぼけながら舞香に手渡した。 「私、バイクの後ろに乗るのって初めて」 「俺も女子を乗せるのは初めてだよ」  舞香は犬飼がくれたジンジャークッキーをカバンにしまい、バイクの後ろに跨る。  恐る恐る彼の背中に抱きつくと、初めての感触にドキドキし始めた。なんてがっしりとした背中かしら。学生の時には感じなかった感情が、舞香の心に沸々と湧き起こる。これはもう否定は出来ない状況だった。  舞香の心の中で久しぶりに動き出した淡い想いは、あっという間に恋心に変わるような予感がした。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

92人が本棚に入れています
本棚に追加