口下手ジンジャークッキー

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 小さな旅行バッグと一緒に電車を降りた舞香(まいか)は、駅舎を抜けてロータリーへ出る。それからキョロキョロと辺りを見渡し、母親の車を探した。  ロータリーにはタクシーが一台止まっているだけで、他に車はいなかった。  相変わらずのんびりとした街だなぁ……人と人の距離が近くて、高校生の頃は正直それが嫌だった。  大学は都会で過ごしたいと言って家を飛び出したけど、時々こうして戻ってみれば、なんだかんだ懐かしさにホッとするのだ。  とはいえ、舞香がこの土地を離れている間に、街にも大きな変化が起きていた。さびれていたと思っていた海沿いの街に若い人がたくさん移住し、新しい店が続々とオープンしていたのだ。  街は日を追うごとに活気付き、今では街歩きを楽しむ観光地に変わりつつあった。  それにしたって世間ではクリスマス一色。舞香も大学最後のクリスマスを友達と過ごす予定だったが、皆彼氏が出来てしまい、ぼっちクリスマスを過ごすなら実家に帰るかということになったのだ。  この時間に着くって言っておいたのになーー舞香は時計を見てから、大きなため息をついた。仕方ないから待つしかない。  その時突然、この街に似つかわしくないようなバイクのエンジン音が響き渡った。舞香は驚いてロータリーの入口に目をやると、一台のバイクが猛スピードでこちらに迫ってきたのだ。  ブレーキ音が響き、そのバイクが目の前に止まる。驚いたまま目を見開いている舞香は、ヘルメットを外したライダーの顔を見て更に驚いた。 「あれ? もしかして犬飼(いぬかい)くん?」  犬飼は最初眉間に皺を寄せ、探るような目つきで舞香を見ていたが、ようやく誰だかわかったようで、口をあんぐりと開けた。 「そうだけど……えっ、まさか原田(はらだ)?」 「せいかーい。久しぶりだね」  高校時代は坊主頭だったのに、今は黒の短髪に変わっていた。印象がガラリと変わっているが、声や話し方はあの頃のままなことに安心する。 「ごめん、なんか雰囲気違うから一瞬わかんなかった」 「あはは。それはお互い様じゃない? 元気にしてた?」  しかし彼も同じようにこの街を出て県外の大学に通っているはずだった。それが何故今ここにいるのだろうか。 「そこそこ元気にやってるよ。誰かのお迎え?」 「いや、母親に親父の弁当を持っていくように言われてさ。ほら、駅長の」 「あぁ、そうだ! 犬飼くんのお父さんって駅長さんだったね。それはご苦労様」 「お前は? 誰か待ってんの?」 「あぁ、お母さんが迎えに来る予定なんだ」 「迎えって……今日から帰省?」 「いや、一回帰るよ。バイトもあるし。犬飼くんも帰省中?」 「まぁそんなとこ」  その時、母親の車がロータリーに入ってくるのが見えた。舞香は軽く手を振り、自分の居場所をアピールする。 「じゃあ来たから行くね」 「あぁ、またな」  舞香は犬飼に笑顔を向けると、そのまま母親の車に乗り込んだ。
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