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「あの時、もし原田がジンジャークッキーを作ってくれたら、その時に告白しようと思ってたんだ。でも自分で作ればって言われて、それなら自分で作って告白しようって決めたのに、まさかの失敗だもんな」
そっか。失敗したのは私だけじゃなかったんだーー。
もう忘れていた感情。形にすらならずに消えてしまった想いなのに、彼の言葉を聞いて舞香は嬉しくなった。
「私もね、失敗したんだ」
「えっ……失敗って?」
「クッキーをね、焦がしちゃったの。渡せるような状態じゃなくて、そのまま処分しちゃった」
舞香の言葉を聞いて、今度は犬飼の顔が喜びに満ちていく。
「そ、それってさ、俺のために作ろうとしてたってこと?」
突然黙り込んでしまうが、それこそが肯定を意味していた。
「だって……食べたいって言ってたし……」
「そうだったんだ……。あはは、今更だけど嬉しいな」
「あのさ、確認なんだけど、好きっていうのは過去の話だよね? 今じゃないよね?」
すると犬飼は急に真面目な顔になって、舞香を見つめた。
「今も好きだって言ったら嘘っぽい?」
「うん」
「だよな。俺も自分でそう思うよ。でもやっぱり原田ともう一度仲良くなりたいって思ったから……だから、もし原田が良ければ友だちから始めないか?」
「友だちから?」
「そう。あの頃出来なかったことをーー例えば連絡を取り合ったり、出かけたりするんだ」
「でもまたお互いに何も言わないかも」
「大丈夫! 今度はちゃんと言えるから……何しろジンジャークッキーたちがついてるし」
胸を張ってそう言った彼を見て、舞香は思わず吹き出した。
「じゃあ犬飼の味方を増やしてあげよう」
舞香はカバンの中から、先ほど作ったばかりのジンジャークッキーを犬飼に手渡した。それを見るなり、犬飼は満面の笑みを浮かべる。
「もしかして作ってくれた?」
「ま、まぁね。私もあの約束を思い出したから……」
つい照れてしまい、思わず顔を背けてしまう。
「なぁ、原田。もし良かったら、商店街のツリーを見に行かないか?」
舞香は少し考えてから、ニコリと微笑んだ。
「"友だち"最初のお出かけだね」
「……いつかは友だちじゃなくなるけど」
「ん? 何か言った?」
「いや、何も言ってないよ。じゃあこのヘルメットかぶって」
犬飼は座席の下に入れてあったヘルメットを取り出すと、わざととぼけながら舞香に手渡した。
「私、バイクの後ろに乗るのって初めて」
「俺も女子を乗せるのは初めてだよ」
舞香は犬飼がくれたジンジャークッキーをカバンにしまい、バイクの後ろに跨る。
恐る恐る彼の背中に抱きつくと、初めての感触にドキドキし始めた。なんてがっしりとした背中かしら。学生の時には感じなかった感情が、舞香の心に沸々と湧き起こる。これはもう否定は出来ない状況だった。
舞香の心の中で久しぶりに動き出した淡い想いは、あっという間に恋心に変わるような予感がした。
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